彼は私の全てだった
料理はどれも美味しくて
私はそれらを綺麗に平らげた。

「美味しかったー。」

そんな私を見て中村さんはお兄さんと言うより
失礼だけど…
まるでお父さんのように優しく微笑んだ。

「よかった。元気ないから心配してたんだ。」

その一言で私はまた思い出してしまった。

今頃シュウは彩未とデートしてるんだろう。

「小泉くんとはあれからどう?

やっぱりダメかな?」

私はしばらく何も言えずただ頷いた。

「やっぱり同じ場所で働くのは少しキツいか…。

転勤のことマネージャーと3人で話してみる?」

すぐにでもシュウの前から消えたかったけど
なぜかこのまま離れてはいけない気がした。

「もう少し頑張ってみます。」

「辛くなったらいつでも相談してな。」

本当は既にかなり辛かったから
中村さんの優しい一言に涙が出そうだった。

食事が終わると中村さんは

「まだ時間大丈夫?
よかったらもう一軒行かない?」

と誘ってくれた。

私は帰りたくなくて中村さんに着いて行くことにした。

中村さんは小さなバーに連れて行ってくれた。

私1人ではとても入れそうもない
洗練された大人しか入れて貰えないような
とにかくドアの重たい感じのする店だ。

私はこういう空間で一人でお酒を飲めるカッコいい大人の女性に憧れがある。

それにしてもこれで経営が成り立つのかと思うほど
カウンターだけの小さな店で8人座れば満席になった。

モデル並みにカッコいい男性のバーテンダーが

「いらっしゃいませ。」

と微笑んだ。

しかし、中村さんに着いて来た私を見て

「えぇ?!

蒼次郎が女のコ連れて来るなんて初めてだな?」

と言って興味津々で上から下までナメるように見られた。

思ったほど大人の空間て感じじゃなくて
バーテンダーさんは見た目よりずっと気さくな感じで話しやすくて
私はそこでかなり飲んでしまって
途中から記憶が全くなかった。

目を覚ますとやけに寝心地の良い大きなベットの上にいた。

見慣れない天井に軽い羽毛布団。

酔って中村さんに支えられてる自分を頭の片隅のかすかな記憶から引っ張り出した。

顔から火が出そうとはこういう時に使う言葉だろう。

飛び起きて辺りを見回すと
すぐそこで中村さんが眠っていた。

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