彼は私の全てだった
忘れたいほど余計な記憶を取り戻して
私はどうしたらいいかわからなくなった。

突然、中村さんが今一番聞かれたくないことを聞く。

「柿沢さん、昨日の事覚えてる?」

中村さんも多分、昨日のキスを覚えてると思った。

「あ、あの…それがよく思い出せなくて…

もしかして私…何か失礼を?」

私はシラを切ったが慣れない嘘に目はかなり泳いでいる。

「それならいいんだ。」

中村さんだってきっと思い出されたら困るだろう。

「とりあえず送って行くよ。」

「いえ、大丈夫です。

本当に大丈夫ですから。

地区長に送られて帰るところ
同僚に見られたら困るので。」

「あ…そうか?そうだね。」

かなり突き放した言い方になってしまったが
今は早く中村さんの前から消えたかった。

私はそこで中村さんと別れ、人目を気にしながら何とか部屋に戻った。

そしてシャワーを浴びて
出勤する支度を始めた。

目の下にクマが出来ている。

シャワーを浴びてもなんとなく自分の身体からお酒の匂いがするみたいな気がした。

仕事に入ると既にシュウは来ていた。

私の横を通り過ぎると

「お前、酒臭いぞ。

しかも何だよ?その顔…」

と冷たく言われた。

「え?そ、そう?」

私は自分の腕の匂いを嗅いでみるが
自分ではわかるはずもない。

「昨日、何時に帰った?」

昨夜のことを聞かれると心臓が飛び出しそうになった。

「そんな事小泉さんに関係ないでしょ?」

答えようがなくて
私はシュウに冷たく言った。

シュウはそれでまた機嫌を損ねるだろうけど
その時の私の頭の中は
シュウじゃなくて中村さんに占領されていた。


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