彼は私の全てだった
シュウはあれから普通に働いていた。

彩未が居なくなったことにさほどショックは受けていないようだった。

「俺はミチルが居ればいいんだ。」

とシュウは涼しい顔で私を時々ときめかせる。

私はシュウのためにというより中村さんのために
中村さんと距離を置いた。

中村さんもそれを察しているみたいだった。

彩未が辞めて、この店舗に新しい人がやってきた。

「米崎と言います。よろしくお願いします。」

米崎さんは私たちより一年先輩で
都内の違う店舗で勤務していた。

あまり売上の良くない店舗でもうすぐ閉店する予定の店だった。

「ここはやっぱ忙しいね。

暇な店に居たからか身体が付いていかないよ。

俺も年かなぁ。」

「あはは…1つしか違わないじゃないですかぁ。」

米崎さんは悪い人では無いけど…
頻繁にオヤジギャグとか言ったり
やたら話を盛ったりして大げさにしては笑いを取ろうとする結構面倒くさいタイプの人だ。

「俺さ、芸人になりたかったんだよね。」

ならなくて正解だったと心の中で思う。

「でもさ、やっぱ相当才能とか無いと食っていけないじゃん?」

自覚はあるようだ。

そんな米崎さんに私はハッとする事を聞かれた。

「ミチルちゃんはさ、何かやりたかったこととか無いの?

まさかファミレスの店員になるのが夢だったとか言わないよね?」

ファミレスの店員が夢じゃいけないの?

私にとってはすごく大切な大好きな仕事なのに…

でもそんなことを聞かれて少し考えてみた。

そういえば私にとってこの仕事以外の何かになりたいと思って目指したことなどない。

この仕事だって大学の時のアルバイトで接客の楽しさを知ったから続けただけのことかもしれない。

私の今までの時間はシュウとの思い出しかなくて
シュウに再び逢いたいと願うことが私の夢だった。

私にとってシュウはそれほどの存在だった。



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