彼は私の全てだった
入社して初めての飲み会だ。

緊張もあるが、飲みに行くという行為すら大学卒業以来だ。

いつも一人でアルコール低めの缶チューハイを飲んでた私にとって
居酒屋のこの雰囲気さえ妙にテンションがあがった。

「仕事は大変?」

中村さんが居酒屋で私の隣に座ってそう聞いた。

本当はかなり大変だったが

「いえ、大丈夫です。

大変だけど…接客するのは好きですから。」

「そっか。

今年の新人は良い子が入ったなぁ。」

「柿沢さんは本当に真面目でいい子ですよ。

仕事もできるし、可愛いし。」

「マネージャー、それセクハラだから。
しかも君は妻帯者だから接近禁止な。

マネージャーが誘ってきたりしたらすぐに俺に言ってね。」

マネージャーの松下さんは優しくて明るい人で
いつも場を盛り上げてくれる。

昔、居酒屋でバイトしていたそうだ。

そして25歳にして妻帯者で二人の子供の父親だ。

「俺ね、会社に入って一年で大学生の時から付き合っていた今の奥さんが妊娠して結婚を決めたの。

いやー、あの頃は本当に大変だったなぁ。」

一方の中村地区長はまだ独身で
この地区の女性社員の憧れのマトだった。

「でもね、家庭があるってホント良いですよー。

地区長も一人でやさぐれてないで、
早く嫁さんもらった方が良いですよ。」

「別にやさぐれてねーよ。

柿沢さんみたいな頑張り屋さんで可愛い部下もいるし、嫁さん居なくても幸せにやってますから。」

可愛い部下って言葉に顔を赤らめてしまう。

「地区長、それセクハラですから。

ウチの可愛いホープ、口説かないでくださいね。」

同期との人間関係は最悪だったけど上司は良い人たちで、何かと気にかけてくれて
この時から特に中村さんはすごく気になる存在になった。

中村さんもいつもお店に来ると必ず私に声をかけてくれて何となく互いに意識するようになった。

「案外世渡り上手なんだな。」

シュウが中村さんと話していた私にそう言った。

「別にそういう訳じゃ…」

「ま、どうでもいいけど。

おだてられて使われてるだけ使われて、身体壊さないようにね。」

ほとんど残業しないシュウにそんなこと言われて腹が立った。

「小泉さんたちが残業しないからでしょ?」

私たちが話してるともう一人の同期の瀬戸彩未が口を挟んだ。

「そうだよー、柿沢さんが残業してくれてるから助かってるんじゃない?

いつもありがとう。助かってまーす。」

瀬戸彩未は大きな会社の社長の娘であるが、
なぜか父親の会社に入らず
父の友人が経営するこの会社にコネで入ってきたという噂だった。

父親は厳しい人らしく、
彩未は最低でも2年はこの会社で社会経験を積むと言っていた。

だけどいつも仕事は中途半端で
絶対に残業もしない、自由奔放な性格だった。

それでも育ちがよいからか、オットリしていて何となく素直で憎めないところがある。

「ね、シュウちゃん、この前行ったさぁ、クラブまた行こうよー。」

そしてシュウとやたらと仲が良かった。



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