ふたりの彼女と、この出来事。 (新版)
 買い物袋を両手に下げて、マンションの三階の部屋の前まで来た。

「早く開けて先生♪」

広海君がはしゃいでる。

ちょっと待ってよ。

「今開けるからさ」

買い物袋を下に置いて、ポケットからキーホルダーを取り出して鍵を鍵穴に差し込む。

とその時、背中から子供の甲高い「おーい」と呼び掛ける声が聞こえてきた。

「おねーちゃーん!」

声の方向は向かいの所長のマンション。

振り向いてバルコニーを見る。

奥さんに抱っこされた舞ちゃんと、手摺から背伸びするように顔を出した愛ちゃんが、手を一生懸命振ってる。

「あそぼーっ!あそぼーっ!」

帰ってきたミライにさっそくのお誘いだ。

手を振り返したミライが、パッとこっちを見た。

「ちょっと行ってきてもいい?八時には帰ってくるから」

ミライが肩をすくめて聞いてくる。

「うん、いいよ行っておいで」

間髪入れずに頷く。

少しでもミライと広海君が触れ合う時間が少ない方がラクだ。

「ごめんなさい広海さん。よかったら先に始めて楽しんでて」

微笑んだミライが、振り返って愛ちゃんたちに手を振りながら廊下を戻って階段を下りて行った。

「どうする先生、先に始めとく?私作るけど」

買い物袋を一つ持ち上げる広海君。

「いいけど、出来るかい?」

料理なんてしてなかったじゃないか。

と、広海君がプーッと頬を膨らませた。

「そうめんぐらい出来ますぅ」

そりゃそうか、茹でるだけだもんナ。

「だよね、ゴメンゴメン」

笑って返しながらドアを開けて、広海君を先に通して買い物袋を片手に中に入る。
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