風の鳴る町
「おはよう菜摘さん」

朝食を乗せたトレーをテーブルの上に起き、椅子を引きながら笑いかける。

朝の食堂は騒がしく、けれど昨夜の雨風のせいで、眠たそうな表情の学生で埋め尽くされている。

「あらおはよう秋。相変わらず朝から爽やかなのね」

大きなあくびをして、有本菜摘は長い睫毛に涙を乗せる。


――爽やか。
二年半の月日をかけて作り上げて来た、桜坂秋と云う人物像。

自分の本質とはかけ離れたその印象に、思わず苦笑が漏れる。

「そうかしら?これでも寝不足で、今にも眠ってしまいそうなのよ」

熱々のお味噌汁を吐息で冷ましながら、眠たそうに腫れた目をする菜摘を見つめる。

菜摘の前には、コーンフレークが入ったお皿と、水が一杯のみ。

水を一口口に含んだ後、濡れた唇を舌先で舐めながら、菜摘は気だるそうに長い前髪をかきあげる。

「まぁ、今日は一日降臨祭の準備だけで終わりだから、気は楽よね」

あくびを噛み殺すように、くぐもった声で言いながら。

「今年は誰が選ばれるのかしらね」

踊り子、と。
期待と、微かな自信の交じった表情で菜摘は言う。

「さあ、どうかしらね」

視線を、お味噌汁の中へと移して首を傾げる。

口元に浮かぶ笑みを隠すように、少しだけ冷めたお味噌汁を啜った。


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