サヨナラは海の中
「……」
彼女はまだ何も言わなかった。
彼女の髪が潮風にふわふわと靡いていた。
こんな時なのに、まるで絵の具で塗りつぶしたような黒髪は綺麗だと思った。
「俺は10年前、ある人に命を助けられたんだ。」
「そのある人の名前は、」
「───────……美波。」
1つ1つ言葉を切って、美波に伝わるようにつなげる。
「思い出すの、遅くなってごめんね」
美波は泣いていた。
声も出さずに、ただ静かに涙を流していた。
それは無言の肯定のように思えた。
「あの時、助けてくれてありがとう。長い間、1度もお礼を言えなくてごめんなさい。……本当に、ありがとう。」
気づいたら、俺の瞳からも涙が流れていた。
それはまるで、とどまることを知らぬかのように。
俺は弱い。ずるい。
間違いなく1番悲しいのは美波のはずなのに。