せんせい。
せんせい。
「またな」大きく手を振って、長い廊下を歩いていくあなたの背中に小さく「またね」と手を振りました。
あなたは、先生。私は、生徒。
この気持ちはただの尊敬の念だと思っていたんです。まだ、このときまでは。

去年の春。この田舎の小さな高校に講師としてきた先生は、私の担任になりました。
大ぶりの字。低くて、よく通る声。整った顔立ち。それなのに、とても無邪気な先生。
そんな先生にみんなは夢中になりました。
女の子たちは恋をして、男の子たちは友達のように体育館で遊んでた。
私はクラス委員として、先生と関わることも多かったと思います。
プリントをまとめたり、学級討議の司会をしたり。地味な仕事だったけれど、本当に楽しかった。向いているのかもしれません。
放課後、一人で学級名簿を作っていると、先生が教室のドアを開けました。
目があって、私は少しだけ頭を下げます。
「五月。冷房くらいつけろよ。暑いだろ」
そう言って、冷房のスイッチを入れてくれます。
「あ、ありがとうございます」
先生は目の前の椅子を引いて、私の前に座りました。
「手伝う」
「え、だ、大丈夫ですよ?」
「五月、いつもこんなのやってるだろ。助かってるけど、なんか、五月ひとりに任せるのは嫌だから。これで二分の一だろ」
シャーペン借りる、先生はそう言うと、私の書いた続きから名前を記しはじめました。
暑かった教室も、だんだん涼しくなってきて、さっきの息苦しさも忘れました。
「先生、寝癖がついてますよ」
私が先生の頭を指差すと、先生は寝癖を大きな手でおさえて、照れ臭そうに笑いました。
「 内緒な、五月」
この笑顔は私にだけ。そう思うと、何故だか胸がきゅんと鳴って、独占欲というものが湧いてしまいました。

幸せな時間ほど、過ぎるのは早いもので。
「またな、気をつけて帰れよ」
夕暮れで黒く染まる廊下を、先生は歩いていきます。
またね、その言葉がある今がとてもいとおしく思えました。


膝より数センチ長い スカートを短くしたい。
短い髪を伸ばしたい。
眼鏡をコンタクトに変えたい。
あなたに、可愛いって言われたい。

この気持ちは、恋ですか?


「好きです」容易に言えたら、どんなに楽なんだろう。
言っちゃったら、この関係も変わってしまう気がして。
言えない。苦しい。辛い。痛い。
先生があの子に告白された、そんな噂を聞くだけで、あの子を嫌いになりそうです。
タイムリミットは今年の3月。
卒業したら、会えなくなっちゃう。

もう、この関係は嫌なんです。


走って、走って、走って。
やっと、先生を見つけました。

袴を着た先生は、とてもかっこよくて。
気後れしてしまいそう。
「おう、五月、卒業おめでとう」
先生、私は。
「私、先生が好きです」
目を丸くした先生。
困ったように笑う先生。
「ごめん」
あ、終わった。私のなかで少し悲しいような、すっきりしたような気持ちがせめぎあいます。
「俺も好きだよ、五月」
「え」
「卒業するまで、言わないつもりだったんだ。でも、もう、いいよな」

私を抱き締めた先生は、甘い香りがした。





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