アンニュイな彼
『先生? こんなとこでサボってていいんですか?』



風が吹いて、先生の髪がさわさわ揺れた。
そのとき、急にはっとして。
自分でもヤバい、と我に返った。

寝てる人に話しかけたり、毎日毎日待ち伏せしてこっそり付き纏ってるみたいで、私ってばかなり危険人物じゃん!
先生が起きたらドン引きされる!


「はは、懐かしい……」


とまあ、そんな痛い思い出がある校舎がだんだん大きく見えてきて、私は校庭の周りをぐるりと回って職員玄関を目指した。

私は二年半前にこの高校を卒業して、系列の大学には行かず、外部の短大に進学した。

うちの父は小さなフレンチのレストランをやってて、母が手伝っている。父のお兄さんである智兄のお父さんは有名な日本料理屋の板前さんだ。
スイーツに目がない智兄は商店街の古民家を再生したカフェを開いたし、小さい頃から私も料理人の道に進みたいと思っていた。
実際、短大では調理師の資格を取って就活してたんだけど、スタッフさんの産休育休で人手不足になったsugar gardenで働いて欲しいと、智兄に熱心に頼まれたのだった。

職員玄関のインターフォンを押し用件を伝えると、ちょうど見知った事務の先生が私を覚えてくれていて、校舎に入ることができた。

卒業前に、本当は笹原先生に気持ちを伝えたかった。
だけど、思いばかりを募らせる〝先生を見ているだけの自分〟を三年間も続けたせいで、片恋を確固たるものにして、行動に移すなんて大それたことだと躊躇してしまった。

だから、一言だけ。


『先生、好きです』


寝ている先生に、秘密の告白。
それが、あのとき私ができる精一杯だった。
もう会えないんだって思ったら、悲しくて、そのあと結構泣けたっけ……。
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