アンニュイな彼
いつものスローなテンポとは大違い。
こんな機敏な動きもするの⁉︎ ってびっくりするくらい、首尾よく隙のない動きだった。

先生のシャツの襟元のボタンが外れてて、ついそっちに目が行く。
今この状況で、こんなこと考えてる余裕なんてないはずなのに、私、変だよね? 妙な色気に、胸のドキドキの激しさが増す。


「俺もう、藤野の〝先生〟じゃ、ねーけど。」


起伏のない言い方をして、私を引き寄せた先生は首を傾げた。至近距離で前髪が、さらりと揺れる。

今日はメガネをかけていないから、透き通るような色素の薄い先生の瞳を見つめれば、吸い込まれてしまいそうだった。

この瞳にくっきりと、私が映ることがあるなんて。


「っ……」


信じられない。

先生は波打たないように静かに私のカップを持ち上げると、それを躊躇なく自分の口元に近づけた。
そして、


「うん、冷めてる。」


一口飲み込んでから言って、すんなりと私にカップを返した。


「……っへ⁉︎」


勝手に私のコーヒーを代わりに飲んで、温度を確かめたの?


「せ、んせ」


ご、強引すぎます……。

これで飲んだら間接キスになるじゃないかと思い、戸惑いがちに呟いた私に向かい、先生はシッと唇の前で人差し指を立てた。

窓の外のすぐ近くに、数人のサッカー部員が通り過ぎる。
その間、見つからないよう身を隠すために先生は、私の肩を組んで抱き寄せた。


「っ!」


さっきから、動悸も心拍数ももう全然まともじゃない。
< 18 / 83 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop