アンニュイな彼
先生の息遣いが聞こえるくらいこんなに近くにいたら、私のうるさい心臓の音も造作なく先生に聞こえちゃうんじゃないかって心配になる。


「行ったみたい。」


窓の外に人影が見えなくなって、先生は私の体を離した。

まだ肩や、触れ合っていた背中や腕に余韻がある。先生の温もりや、掴んだときの力加減が。


「サッカー部がここ、ミーティングで使うのかも」
「あ、じゃあ! 早く飲んじゃわないと、ですね……」


しっかりと両手で持っていたカップを、おずおずを口元に運ぶ。先生が先に飲んだ、ブラックコーヒー。
そう意識すると余計に緊張してしまう。これからカップにキスでもするような、妙な背徳感と高揚。

私は意を決して一口飲み込んだ。
味なんてわからなかった。甘いのか、苦いのか、酸っぱいのか、香ばしいのか。

ただ手が震えるくらいドキドキして、先生の顔を直視できない。

チラリと目だけで真正面を見上げると、不意打ちで先生と目が合った。


「これで、共犯だネ」


……へ?


「きょ、キョーハン、って。なんのことですか?」


キョトンと顔を上げた私を、睫毛を伏せて見下ろした先生は、意地悪そうに片眉を上げてにっと笑った。


「顔」


へ?
か、顔⁉︎


「へ、変……ですか?」
「うん。」


え、ちょっと!
今かなり食い気味で答えましたよね⁉︎
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