アンニュイな彼
私にとって、絶対に手が届かないと見限っていた存在だった。


「……なに。」


溜め息交じりで心底鬱陶しそうに言った先生は、夕暮れ間近の黄昏の風に前髪を揺らして振り向いた。

すごく億劫そうにでも、かなり迷惑そうにでも、こんな風にコミュニケーション取れるようになるなんて。
ただ美術の時間を心待ちにしていた、寝顔を見るだけで満足していた頃の自分に比べたら、びっくりするような進展だ。

この縁を、ここで切りたくない……。
先生のもっといろんな表情を知りたい、という欲が出てきてしまったみたい。


「お礼になにか、映画とかどうですか⁉︎」


なにか言わなきゃ、と狼狽しながらもこんな提案が口をついで出たのは、WILLが目に入った瞬間に。


『あ、この恋愛映画、観てみたいんだよね〜。キャストがいいわぁ』


ページを捲りながら呟いていた真菜の声が、頭の中で蘇ったからだった。


「……お礼?」


先生は盛大な溜め息を吐いた。心底うんざりしている表情で。

わお。
けんもほろろ、とは正にこのこと?

その溜め息には、お礼を催促するなんて、なんて恩着せがましいやつめ、という真っ当な異議が込められているような……。
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