アンニュイな彼
「今日は、付き合ってくれて、どうもありがとうございました」
「……それから?」


先生が、体をこちらに向ける。


「へ⁉︎ え、えっと……」


気だるげな眼差しで真っ直ぐに見つめられると、誤魔化せない。
言い逃れなんて出来ない。


「あの、私……」


手のひらに爪が食い込むくらい、強く手を握る。
心臓が早鐘のように打って、呼吸が浅くなった。


「私、先生のことが……」


瞼が震えて、睫毛を伏せた。
全身が緊張してる。


「……好き、です……」


一生分の勇気を出して、囁くような声で私がそう発した矢先。


「知ってる。」


眉を下げて、先生はふっと笑う。


「、えっ……?」


先生。

私の気持ちなんてとうに見透かしていたと言わんばかりのその笑顔は、さすがに意地悪です。


「さっきのお返し。」


コートのポケットに両手を突っ込んだまま先生は、正面の私に向き合ってドン、と体当たり。
ぶつかったまま、今度は弾まず動かないので、体は密着したままなわけで。


「お、お返……っ⁉︎」


私の顔は、ぎゅうっと先生の胸に押し潰される。ポケットから両手を出した先生は、そっと私の背中に腕を回した。

秋の夜風に冷えた唇からは甘い吐息がもれる。
もうこれ以上耐えられないってほどドキドキしてるのに、先生の体温があまりにも心地よくて。

このままの体勢で固まったらどんなに幸せだろう?

ずっとこのまま時計の針など動かずに、ふたりきりで夜ごと包まれ、世界から隠されたらいいのに、なんて。

現実離れしたことを本気で祈ってしまう。
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