アンニュイな彼
「げ、ゲホ! ゲホゴホゴホッ……!」
「おい愛、お前大丈夫か? どっか具合でも悪いんじゃねーの? さっきからお前様子がおかしいぞ」


先生の姿がドアの向こうに消えてから、突然むせた私に近づいてきた智兄は、今度は不思議そうと言うよりも、もっとヤバいんじゃないかっていう、怪訝な表情を浮かべた。


「へ、平気平気!」


私は焦って深呼吸をする。

あまりに驚いたせいで息の吸い方を忘れた__なんて言ったら、今度こそ智兄に本気で心配されて、病院に連れてくだの過保護全開で言われるに違いない。

ふう……。
なんとか気持ちを落ち着かせていると、カウンターに座っていたふたり組の女性客が席を立った。


「すっごくカッコ良かったね〜!」
「ね! 常連さんかなぁ。今度会ったら声かけてみようか⁉︎」


などと声を弾ませている女性たちのお会計をして、私はお皿を下げに席に向かった。


笹原晃太先生は、高校のときの美術の先生。
私が一年のとき新卒で赴任してきて以来ずっと、類まれなその容姿ゆえ、生徒にも教師にも、保護者からもすっごく人気があった。

けれども当の本人は、いつも我関せずみたいな感じで飄々としていて、なにを考えているかよくわからなくて。独特な、近寄りがたい雰囲気があった。

そういうミステリアスなところがまた乙女心を惹きつけるポイントなんだけど、なにせほとんど喋らないし、アピールしたところで手応えが全然ないっていうんで、諦めてった子もたくさんいた。

そういう子たちはやがて、隣のクラスの同級生とか、サッカー部の先輩とかに興味の対象を移して付き合ったり、片思いしてときめいたりしてた。

そうして皆、それぞれに青春を謳歌していたけれど、私はずっと先生一筋。

ずっとずっと、今でも。


『またネ。』


本当にまた来てくれたらいいな……。
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