アンニュイな彼
人の話も聞かずに小皿にのせ、先生に差し出した智兄を止めようとしたとき。


「せ、先生……?」



伸ばした私の手を、先生がそっと掴んだ。



「昔から愛は無防備なとこがあるもんで夜に出かけるなんて聞いて心配したんですけど、まあ相手がなにせ先生だと聞いて安心しました。教育者なら、元教え子にまさか変なことなんてしませんもんね」
「ちょ、ちょっと、智兄!」


慌てて言いながら横目でちらりと見ると、先生は無気力で気だるい視線を目の前の智兄に向けている。



「マジで美味いから食ってみてください。味は保証します」



智兄は顎でクイッとお皿を差した。


「手前味噌ですが、結構人気なんですよ。昔から愛にお菓子とか手作りしてやってたんで、そっから発展していったレシピなんです」
「……」
「だからこのレシピは昔っから大事にしてたし、ここまで成長した今じゃ誰にも譲れないモノでして」



腕を組んだ智兄は一瞬だけお皿の上を見ると、すぐに視線を先生に向けた。



「ずーっと手元に置いて、これからも大事に育てていきたいなって思ってるんです」



声をいつもより数倍低くして、智兄は鋭い眼差しを私に浴びせる。



「と、智兄……?」



不穏な空気が流れる。
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