アンニュイな彼
「冬に向けて今度の新作は柚子風味だから。あ。冬といえば小さい頃は冬至にふたりで一緒に柚子湯に入ったよな!」
「は⁉︎ ちょっと、智兄っ……!」


毎回新作を作るときには最初に味見をして、消費者代表としての正直な感想を伝えてるけど、でも。

なにも今、そんな物心つく前の恥ずかしい過去を暴露しなくても……!

頭から湯気が出るくらい、私がカッとなっている間に、先生はドアを開け颯爽と出て行ってしまった。

先生が無表情で、反応が薄いってのはいつものことなんだけど。
なんだか最後に見た振り向く直前の横顔は、頬の筋肉が硬くて、あえて口を閉ざしているような表情にも見えた。

もしかして、相当不機嫌……?


「ちょっと、智兄! なんなの? さっきの押し付けは!」


語気を強めて言いながらカウンターの中に入ると、私は洗い物をしていた智兄に詰め寄った。


「先生、甘いもの苦手だって言ってるのにっ!」
「ああ、だったら新作が売り物になったらそれをプレゼントしよう。酸味が効いてて食べ易いはずだ。愛も小さい頃からこの時期はよく風邪を引いてたから、柑橘類をいっぱい食ってビタミン摂らなきゃな」
「は⁉︎」


な、なに呑気なこと言ってんの⁉︎


「ちょっと! お客さんの前で変な誤解されるような言い方しないでよ!」


平和な顔で鼻歌交じりに洗い物をしている智兄に、私は声を大きくして言った。
すると、ぱちんと瞬きをした智兄が、ゆっくりと水道を止めた。


「なんだよ、そんなに息を荒くしなくても」
「だって! 小さい頃のお風呂とか……一回だけだし全然覚えてないし、恥ずかしすぎるし! それに結婚とか……常連さんにあんな言い方したらますます誤解されちゃうじゃない!」
「あいつに誤解されたら、そんなに困るのか?」
「あ、あいつ……?」


布巾で濡れた手を拭き、ぽかんと見つめ返す私を見て、智兄は溜め息を吐いた。
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