アンニュイな彼
「ま、真菜……」


私たちの深刻そうな顔を見て「どうしたの?」眉を潜め、真菜は首を傾げる。


「ううん、なんでもないの」


取り繕いの笑顔でそう返したとき、真菜の後ろから見慣れた制服姿の女の子がひょいっと顔を覗かせた。


「こんにちは! わぁ、お洒落な店内! 私ずっとココに来てみたかったんだー!」


ダークグレーのブレザーに、赤いリボン、グレンチェックのプリーツスカート。
私も三年間着用した、高校の制服だ。

いいなぁ、現役……。
今さっき智兄に言われたことが胸に突き刺さって、ズキズキ痛む。


「梨沙ちゃん、いらっしゃい」


カウンターの中から客席に出て、私は坂下姉妹を迎えた。


「カウンター席でいい?」
「はい! スティックチーズケーキをよく、お姉ちゃんが買ってきてくれてて。私、ファンなんです!」
「そっか、真菜がよくお土産に買ってってくれるもんね。ありがとう」
「美術部員たちにも宣伝しときますね!」



スツールに腰かけたふたりに、すぐにお冷やを出す。
それから空いたトレイに、先生がさっき使用して、カウンターの端に置かれたままだったコーヒーカップとソーサーをのせた。


『俺もう、藤野の〝先生〟じゃ、ねーけど。』


シンプルなコーヒーカップ。
強引に奪われたあの出来事を不意に思い出しただけで、胸がきゅんと締め付けられて。

ズキズキ痛む部分を、更に刺激する。
< 44 / 83 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop