アンニュイな彼
「美術室、懐かしい匂い〜!」


中山先生と別れ、私たち三人は美術室に入った。
油絵の具の独特な匂いがする、真菜の言うように懐かしい空気を肺に取り込む。

総合文化祭で入賞したとあって、室内には飾られた作品を見に来ているお客さんがたくさんいた。外部の学生や、部員の家族なども。


「おっと、笹原発見! 変装のつもりかメガネをかけてるし! しかも一際馴れ馴れしい女子と一緒!」


教壇の方で女子数人に囲まれた笹原先生の姿を発見して、梨沙ちゃんの背後に隠れた真菜が、からかう口調で私に言った。



「あれ……でも高校生じゃないよね? なんだか大人の色気がプンプンしてる」


そちらにじりじりと近づきながら、梨沙ちゃんは小さく私たちの方を振り向いて、小声で言った。


「あの女の人、森宮美咲さんだよ」


先生と距離が縮まるにつれ、隣に寄り添うように立つその女性がとても美しくて、まるでファッション雑誌から飛び出して来たお洒落なモデルさんのようなビジュアルであることが、よりはっきりとわかる。


「森宮さんってWILLを作ってる出版社の人で、前に美術部を取材しに来たんだ。なんでも、笹原先生の大学の同級生で、とっても親しくて」


美術室の入り口からだと、多くのお客さんで見えづらかったけれど、遮るものがなくなったからよく見える。
先生の腕に触れている、森宮さんの手が。


『あいつ、女と腕組んで歩いてたぞ。こないだ街で見かけたんだ』


智兄の言葉が、頭の中で閃光みたいに駆け抜けた。


「笹原先生の彼女なんじゃないか、って噂だよ」


真菜の後ろに着く私は、前に進みたいんだけど足が上手く動かない。
関節がない棒みたいになってしまって。
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