アンニュイな彼
『まあ、実際笹原先生のお陰で受験希望者は増加してるみたいだけど、これからは、うーん……どうなんだろうね』


そっか。

彼女がいるって評判になったら、玉の輿を諦めてファンから脱落していく子もたくさんいるだろうしね。

そっか、そういうことか。


「笹原先生。受付の担当で来ました」


梨沙ちゃんが言うと、先生の周りにいた美術部員の女子たちが、交代で休憩を取りに行った。


「笹原先生、お久しぶりです! 梨沙の姉、なんですけど……覚えてますか? 私のこと」


真菜が自分を指差して言う。
最初こそ元気な声色だったけど、それは徐々にフェードアウトして、最後は不安そうな顔になっていた。

先生は、答える代わりにただ僅かに口元を緩めた。
覚えてるという風な自信にも、忘れたことを誤魔化すような笑いにも、どちらとも取れる笑顔。

私の心を何年もとりこにする、魔力がかった魅力的な笑顔。


「……っ」


その表情のまま、目線を真菜の後方に向けられれば、途端に体に緊張が走る。

先週sugar gardenで智兄が余計なことしたから、顔を合わせるのがなんだか気まずい。
それに、こんなに近いと嫌でも目に入る。依然先生の腕に触れたままの、彼女の手が。


『背が高くて、髪は金髪くらい明るい色のクルクル巻きで、モデルみたいに綺麗な女だったよ。あの容姿の笹原先生と並んで歩けば、そりゃもう目立つのなんのって』


先生……私。
失恋決定、ですよね。

ただ息を吸うのがこんなに苦しいことだなんて、今まで生きてきて、知らなかった。
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