アンニュイな彼
声を大きくしたので、周囲のお客さんや他の露店の店番の学生たちが、何事かとこちらに注目した。


「や、やだなぁ、おねーさん! なにもそんなに拒否んなくても。せっかく奢るって言ってるんだから、あっちでゆっくり座って食べようよ!」


きまりが悪そうに言いながらも、男性が私の背中に手を添えて、歩かせようと促したときだった。


「__おい、離せよ」


低く澄んだ声に、耳を疑う。

男性のギョッとした顔が間近で見えたんだけれども、それも束の間の出来事で。男性の肩がパシッと誰かに掴まれて、徐々に私から遠ざかってゆく。


「な、なにするんだよっ!」


男性は声を張り上げた。
しかし、私から引き剥がした手の力はよほど強かったらしい。その声は一歩分以上、離れた位置から聞こえた。

それと引き換えに。


「しつこいんだよ、クソガキ。」


聞き覚えのある、耳馴染みのよい低い声は、私の耳元のすぐそばで響いた。
肩を引き寄せられたから。

く、クソガキ……?

これは現実かと疑う。
驚きが何重にもなって、もう瞬きすらままならない。


「__っ、」


刻むように目線を上げると。


「なにはぐれてんの」


いつもの抑揚のない声に、ちょっぴりだけ鋭さというスパイスを加え、先生が私に言った。


「す、すみません……」


絞り出した声は震えてた。
あまりにも非現実的で、自分でも、自分の声じゃないみたいに聞こえた。

う、うそ。

先生?

なんで、ここにいるんですか__?
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