アンニュイな彼
足を止めた先生が、振り返って私を見つめた。


「え、えっと。だって……」


私たちがたどり着いたのは、高校の昇降口だった。
非常階段の下で校内から死角になり、垣根のお陰で校庭からも見えない、先生の秘密の昼寝場所。


「先生に、ご迷惑をかけてしまったから、です……」


唇を噛み締めて、俯いて言った。
私の手を離した先生は、溜め息を吐く。


「うん。迷惑。」


容赦なく、煩わしそうに言いますね。

でも……そりゃそうだ。
迷惑に決まってる。

私なんかを助けて、あんな風に大学で注目を浴びちゃって。
彼女である森宮さんの耳に入ったら、誤解されちゃうよね。彼女としては気分悪いよね?

申し訳ないことをしちゃったな……。


「すみませんでした」


頭を下げ、そのまま顔を上げられないまま私は後ずさりする。
少しでも上を向いたら、泣いてるのがバレて恥ずかしいから。

一歩、二歩と距離を取ると。


「えー、こんなひと気のないとこに
本当に笹原先生がいるの?」
「似てる人が走ってくとこ見かけたんだけど、おかしいな……どこ行ったんだろ?」


どこからともなく女子たちの話し声が聞こえた。
すかさず声の主を見つけようと、キョロキョロ目線を動かすと、垣根の向こうで猫耳がぴょこんと四つ、移動していくのが見える。


「あっ!」


私は咄嗟に先生を、どんっと全体重で押した。
慌てて動いたお陰で、目尻に溜まっていた涙が弾ける。
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