アンニュイな彼
声を出したら気づかれる! 見つかったら猫屋敷……じゃなくて猫カフェに連れて行かれる!
と思い、瞬時の判断だったのだが……とんだデジャブをしでかしてしまったらしい。


「……体当たり、得意なの?」


体を非常階段と壁のすき間に押しやられた先生は、そうさせた犯人である私の元で、囁くように言った。
呆れたような笑いが込められているから、吐息がうなじにかかってくすぐったい。


「……っ……」


私は必死に我慢して、窮屈な体勢で先生を壁に押し付け、猫耳女子高生たちの足音が遠ざかってゆくのを待った。
まるで先生が見つからないように、誰にも捕まらないように、隠すように。

この状況を、もしも一週間前に体験したのなら、なんて大胆で贅沢な瞬間なんだろうって感動して泣けてただろう。

でも今日は、違う意味で泣ける。


「ごめんなさいっ、私また……」


猫耳が見えなくなって、私は先生の体から離れた。


「勝手に変なことして、すみません」


先生に指摘される前に自分から認め、ぺこりと頭を下げる。
すると。


「せ、先生……?」


無反応だった先生が、不意にメガネに手をやった。
私が強引に壁ドン? したから、擦れてしまったメガネをかけ直したのかな、と思った矢先。


「ふたりのときは、その呼び方は禁止」


微動だにできない素早さだった。
< 60 / 83 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop