アンニュイな彼
「__いらっしゃいませ! お、愛か」


カウンターの中で智兄は、眩しい笑顔で言った。

夕方のsugar gardenは空いていて、お客さんは私とちょうど一緒のタイミングで入って来た若いカップルだけだった。
空は雲行きが怪しくなってきて、途端に暗く、カップルは傘を持っていた。

彼らがオーダーした紅茶とケーキのセットをお出しして、私はカウンターの端の席に座る。


「悪いな、休みの日に手伝ってもらって。文化祭はどうだった?」


カウンターの向こうから、智兄は私の顔を探るように見た。


「うん……まあ、楽しかったよ」
「なんか、楽しかったってな顔じゃねーけど」


見透かしたように言って、智兄は温かいカップを私の前に置く。
漂う爽やかな香りで、それがなにかすぐに分かった。ゆず茶だ。


「実はね、担任の先生に会って。今、ウエイトレスの仕事してるって言ったら驚かれた」
「え? どうして……」


智兄は不思議そう、というより、もっと正直に不服そうな顔付きで言った。


「ここで働くのは楽しいよ。ウエイトレスの仕事も、結構合ってると思う。でも私もいつか、作る側になりたいっていう夢もあって。中山先生はそれを知ってたから」
「俺は、愛にはずっとここにいて欲しいと思ってる」
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