アンニュイな彼
「いってきます」


すでに両親は出勤していて空っぽの実家に向かい、私は一言呟いて家を出た。

台風みたいな悪天候で、何度も強風に傘を持ってかれそうになりながら、私はsugar gardenに向かった。

文化祭の後、早速森宮さんから連絡があり、トントン拍子で取材が決まり、本日午後に行われることになった。
私が仲介したということで、立ち会ってくれと昨日仕事帰りに智兄に頼まれた。

正直、森宮さんに会うのは気が引ける。でも、取材が終わったら智兄に自分の気持ちを話せるし、ちょうどいい。
この取材がきっかけで、先生のこともすっぱり忘れて、前に進めれば……。

sugar gardenに着く頃には、傘はあまり役に立たず、髪はボサボサでコートは濡れていた。


「愛、こんな日に悪いな。大丈夫か?」


先に来て、取材の準備をしていた智兄が私に乾いたタオルを差し出す。


「平気、ありがと……」


顔を合わせづらくて、つい俯き加減になつ私を見計らってか、下から覗き込むようにして私の視界に強引に侵入してきた智兄はニカッと豪快に笑った。


「どうしたんた? 緊張してんのか?」
「い、いや、別に」
「別にお前の写真を撮りに来たわけじゃないんだから、そう気構えるなよ」
「わ、わかってるよ……」


前回は智兄だけが軽く取材を受け、時間がなくて忙しい営業中にパシャリと店内の写真を撮られ、接客中の私の姿が小さく載った。

取材に来た森宮さんのことは覚えていない。
働き始めて間もない頃だったから、いっぱいいっぱいで、すごくテンパって強張った顔してたっけ……黒歴史だ。
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