アンニュイな彼
「まあ……! 素敵な絆ですね。このチーズスティックケーキにそんなエピソードがあったなんて」


カメラをテーブルに置いた森宮さんは、うっとりとした表情で私と智兄を見比べる。


「おふたりの仲は深いんですね」
「はい、愛がいてくれなきゃこの店は成り立ちません。だからこれからも愛には俺のそばにいて、モチベーションになってもらわなくちゃ。この店が潰れちまう」


ガハハ、と冗談っぽく笑った智兄だったけど、私には、まるで脅迫のように聞こえた。


「それは困りますよね! だってここのスイーツやコーヒーは、この商店街を訪れるお客さんにとっての心の拠り所ですし」
「そうなんです。チーズスティックケーキも作れなくなったらご贔屓にしてくださってるお客さんに申し訳ないですからね。だからこれからも、愛には俺のそばにいて欲しいんだ、ずっと」


智兄は、固まる私の顔を見上げた。


「それってなんだかすごく大切な言葉……ですよね? 将来的に、共に歩むといいますか」


森宮さんも、柔和な笑顔で私を見る。
そんな、思わせぶりにパチパチ目配せされなくても、察してるって。

でも。
ここで私がなにか……つまり単刀直入に、人前でプロポーズをお断りするようなことを言えば、智兄に恥をかかせることになるから。

躊躇しているというのに。


「おい愛、どうしたんだ? さっきから黙りこくって」
「ひょっとして、言葉にならない?」


森宮さんのお門違いな発言に、満更でもないと言った風ににやけた智兄が私の手にそっと触れたとき。


「わ、私はっ」


静電気が発生したようにビクッとして、俊敏にその手を振り払った。
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