アンニュイな彼
「昔から、両親が仕事で遅いときは智兄がいてくれて心強かったけど。智兄に助けられたこともあったけど……。智兄は、好きと憧れは違うって言ったけど、私は家族のように慕ってるっていう気持ちと、恋愛としての好きっていうのは、違うと思う……から」


言い始めたら、自分の気持ちが堰を切ったように口から溢れた。

それに私、いくら吹っ切ろうと思っても、先生のことが頭から離れない。
その証拠にさっきからずっと、先生が使った窓際のテーブル席やカウンターの端の席を凝視してしまう。

また奇跡的に面影が、浮かび上がってくる気がして。

生き霊でも、幻でもいい。
叶わないのなら、ずっと片恋のままでも、いいから。


「だから……ごめんなさい」


しっかりと目を見て頭を下げると、智兄は神妙な顔で私に言った。


「お前になにを言われても……俺はこれからも、お前を手放す気はないぞ」


全員が黙る、異様な間が流れる。
森宮さんも取材に来たのに、こんな複雑な状況に居合わせることになって、困ってるだろう。


「勝手に決めないでよ……」


肩が震えた。


「智兄に、私の将来を決めないで欲しい。私、智兄の気持ちに応えられないから。だって、」


智兄の太い眉がピクリと微動する。

私が恐々、されどもう一度、口を開いたとき。「だって私……、」再びドアが開いた。
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