アンニュイな彼
先生の行動に、その場で盛大に驚いたのは私だけではなくて。


「どうしたの⁉︎ 晃太、取材が終わるまで車で待ってる、って……」


森宮さんが席を立つ。

するとスイッチが入ったのか、はっと我に返ったような面持ちで、智兄も立ち上がった。


「奪う、ってなんだよ。愛は物じゃねーぞ!」
「そう。あなたのモノじゃないですよね」


苛立ちに歪む智兄の顔が目の隅に映る。


「俺の、ですから。」



臆面もなく先生は言って、また私を驚かせる。「__行こう、愛」手を引っ張られて、首がぐわんと前後に揺れた。


「ちょっと待ってよ、晃太⁉︎」


テーブルに身を乗り出した森宮さんが、裏返るくらいの大声で呼び止めた。


「このあとの予定はどうするの⁉︎」
「中山先生のお祝いは、森宮に任せる。こないだ見に行った、あの時計でいいと思う」
「は⁉︎ そんな無責任なっ! 晃太も幹事でしょーが! 同窓会は⁉︎」


歩調を緩めかけた先生は、「最初っから行く気ねーし」冷めた言い方で、森宮さんを閉口させた。


「愛!」


出入り口のドアまで来たとき。


「傘持ってけよ! 頭冷やしにちょっと出て来る、っつーなら別に止めねぇぞ!」


耳をつんざくような声で智兄が叫んだ。

素早く傘立てに直行し、私のじゃない、自分の黒い傘を掴んだ智兄に、足を止めた先生は体を向き直す。


「結構です」
「返しに来る予定、ないかも……」


先生と私の声が重なった。
じんわりと、目尻に涙が浮かぶ。
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