アンニュイな彼
「……藤野?」
「っあ、はい! すみません」


どうしよう、って悩んでてもしょうがない。
悩む時間さえ惜しい。

誰か、ではなく自分で決めたことだもの。
明日からは目標に向かって、前向きに進むしかないのだ。まずは就活……!

そう心に決めてぼんやりとしていた目の焦点を合わせると、目の前には三階建てのベージュ色の建物が窺えた。


「先生のご自宅、ですか?」


車を降りると、先生は軽く頷き、私を案内した。
商店街からも見える、駅近くのアパート。先生のお宅は三階に上がって一軒目だった。


「えと、お邪魔します……」


先生の後ろについて、玄関で靴を脱ぐ。

普通について来ちゃったけど、良かったのかな……と今更ながらに思って廊下を進むと、突き当りにリビングがあり、ベランダに出られる大きな窓があった。


「わあ、高校が見えるんですね!」


大通りと住宅街を挟み、懐かしい校舎が小さく見えて、私はつい興奮してベランダに直進する。

1LDKで隣が寝室のようで、先生はドアを開けるとクローゼットからタオルを持ってきて、私に手渡してくれた。


「あ、すみません……」


引き換えに、借りていた黒いシャツを先生に返す。
さっき往来で、通行人がいるのに隠れてキスしたことを不意に思い出してしまって、先生に気づかれないように赤面した顔を背ける。


「コーヒー、ミルク入れる?」
「あ、すみませんっ、お願いします」


雨に濡れた、主に前髪を拭いていると、対面式のキッチンから声をかけられて私はすぐに駆け寄った。
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