アンニュイな彼
やがてコーヒーメーカーから香ばしい匂いが漂ってきて、シンプルなカップにコーヒーが注がれる。それを受け取って、私は吐息を吹きかけた。
すると。


「髪が濡れてるの、そそられる」


背後に立っていた先生が、私の横の髪を耳にかけた。
驚いた反動で、まだ熱くて全然飲めそうもないコーヒーを零しそうになる。


「無防備で。」
「っ……」


吐息を感じると背筋がゾッとして、体が動かなくなる。
先生は鼻先で私の耳を撫でた。


「あのっ、せ、先生!」


私は必要以上にテキパキとしたそつのない動きでカップをテーブルの上に置くと、優等生さながら、ビシッと挙手をした。


「……なんですか、藤野サン。」


面と向かって先生は、私の茶番にうんざりとした表情を作る。


「今日は文化祭の代休なのに、制服を着ている子が高校の付近を歩いているのはなぜですか!」
「……実行委員が後片付けでもしてるんじゃないですか。」
「な、なるほど!」


って!
膝を打ってる場合じゃない。

先生に、本当に心の底から聞きたいのは、こんな質問じゃないのに。

私のバカ……!


「納得したなら、」


こちらに手を伸ばした先生が、私の体を引き寄せる。


「そろそろ抱きしめさして。」


胸の奥がきゅんとして、一気に膝はグラグラ、顔もだらしなく緩んでしまいそうになるけれど。
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