アンニュイな彼
「で、でも先生〝迷惑だ〟って……言いましたよね?」


先生のアメとムチの酷使っぷりがクセになりそうなんて思った私でも、あれはさすがにグサッときた。

上目遣いに見上げると、先生は私の頬から手を離し、


「うん。だって、すっげー迷惑」


手際よくその手の役割を、今度は私の腕を引き寄せることに替えた。


「どんだれ理性を働かしたと思ってんの」


り、理性?


「一生分でも足んないよ」


とくん、と鼓動が胸を打ち付ける。
不思議とその音がエコーがかって、重なって聞こえる。


「俺がずっと、本当に寝てるとでも思ってた? あの昇降口で」


そして、気づいた。
重複の理由。

私の、だけじゃなくて。先生の動悸も、強く、速くなっているのだと。


「え、お、起きてたんですか⁉︎」
「あんなに煩く話しかけられて、眠っていられるわけないでしょ」


先生の声が、くぐもって聞こえる。
抱きしめた私のうなじ付近に、顔を埋めているからだ。


「寝てればあんなに懐いてくんのに、起きてるときは全然話しかけてこないし。授業は誰よりも真面目だけど、他の生徒みたく休み時間は絶対近寄らない。その駆け引きは、どこで覚えたの」
「か、かけひき……?」


聞き返すと、先生は緩慢な感じで私の体を引き離した。


「天然? 質悪ぃ……」
「はい?」


なんのことか意味がわからなくて、私はぱちんと目を見開いた。


「まあ、藤野のそんな緩急ある態度に対して苛つくのは、好きだからだって自覚してた。でも立場上、手は出せないから」


色白で長くて、とても綺麗な人差し指で私の顎を、掬うように持ち上げられて。


「もう、我慢しなくていいんだろ?」
「な、なんのっ、」
「責任取れ」
「っ!」


先生の、ありきたりだけど美しいとしか形容のしようがない整った顔が、至近距離で私の目に映る。
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