アンニュイな彼
「会わない間に心変わりしたかと思って、焦った。」
「……そんな、」
「まあ、もしも気が変わってたら、奪うつもりでいたけど。ホントに目障りなのがいるし」


唇が触れ合いそうな距離を保ったまま、
いつものおっとりとした物言いではなく、妙な気迫のこもった感じで言って、先生は鬱陶しそうに限りなく目を細めた。


「目障りって……智兄のことですか?」
「他の男の名前、聞きたくないんだけど」


ひどく煩わしそうに言われ、私の体は小さく震える。


「っていうか、こっちが彼女持ちなわけねーだろ」


挑発するような口振りに、なぜだか無性にぞくっとする。


「こんだけガンガン口説いてて、ほかの女なんて目に入んないっつーのに」


先生、怒ってる……?

先生の感情はわかりにくいから気づかなかったけれど、図々しいくらい思い上がってしまう。

もしかして、智兄にヤキモチ、ですか?


「せ、んせ」
「少しは黙れば」


先生は辟易とした風に囁く。


「っ……」


観念した私は黙って言うことを聞き、躊躇いがちに先生の黒縁のメガネに手を伸ばした。
外して、不器用に指先に引っ掛けるように片手で持ったまま、先生の頬を両手で包む。

顔中真っ赤に違いない。あとで先生にからわれるだろうな。

そう思うと恥ずかしくて仕方ないけど。それでも勇気を出して、私は自分から先生の唇を奪った。

最初はただ、ちょんとぶつかっただけの事故みたいな行為だったけど、先生が誘導してくれる。
経験値の低い私の未完成なキスに、先生がオトナの魔法をかけるように。

これまで致したキスとは種類が違う。もっと深くて、息が苦しくて、角度を替えてもまだまだ続く、濃い口付けだった。

こんなキスを経験したのは初めて。
先生の動きに合わせるので精一杯。

でも、目はちゃんと閉じた。
唇の隙間から吐息が漏れるのが恥ずかしくて、堪えようとすると先生が少し距離を開け、余裕なさげにふっと笑う。
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