Umbrella
それは「間違い」と「勘違い」と「痛み」を生み出した日
中学二年の時、クラスに変わった女の子がいました。
どう変わっているのか。
例えば、玄関に置いてある全身を映せる大きな鏡の前でダンスのソロライブを公演してみたり。
例えば、何もない空間を見つめ彼女にだけ見えている何かを鷲掴みして頬張って食べたり、話しかけてみたり。
でもこれらは全部人から聞いたもので、実際に自分で見たものは雨の日だった。
初めて見たときは思春期の自分にはあまりにも衝撃的で印象的だった。
一週間前のこと。
中学一年から二年の進級した始業式の日。
その日は朝から雨が降っていた。
登校する生徒や先生はみな傘をさしている中、彼女だけは傘もささずに歩いていた。
その様子にある者は口をぽかんと開け、ある者は虫けらを見るような目で見つめ、またある者は馬鹿にしたようにくすくすと笑っていた。
しかしそんなことなど気にもせず彼女は頭からつま先まで濡れて、そして笑っていた。
水たまりの上に立つとくるりくるくる。
スカートの裾を揺らしながら両手を広げて回っていた。
みんな目には留めるけど、知らんふり。
何も見なかったことにして校舎の中へ入る。
自分もその中の一人だった。
関わるのがめんどくさいと思ったから。
そもそも雨の中傘も差さないで回り続けている人間に誰が話かけようと思うのか。
そう思う人間は、きっと優しい人間か面白半分の人間のどちらかだ。
自分の教室へ行き席に着く。
朝のHRが始まるまであと10分。
何をするわけでもなく頬杖をついて窓の外を眺める。
雨はやむことなく降り続ける。
やけに静かだなと思った。
先ほどまでのクラスのうるさいほどまでの声がしない。
静まり返る教室にどうしたのかと思い顔を上げると、クラスの目は一点に集中していた。
教室の扉、そこに先ほど雨の中で踊っていた女の子が立っていた。
びしょ濡れになった制服。
頭から滴る雫。
その異様な光景に誰も何も言えない。
彼女は自分の席に鞄を置くと、その中から一枚のタオルを出して頭を拭きはじめる。
その次に腕、足と順番に拭いていく。
拭き終わったらタオルは鞄の中へしまい込み、代わりにジャージを取り出して着替えはじめた。
「ねえ、あの子がそうなの?」
「雨が降るといつもこうだよ」
「頭おかしいんじゃねえの」
「一緒のクラスとかまじないわ」
ひそひそとした話し声は教室中に広がる。
去年、彼女と同じクラスだった生徒に言わせると雨が降っても傘を差さずに濡れて教室に入ってくるのだそうだ。
その度に制服からジャージに着替えるのだという。
そんな彼女の姿は、同世代の思春期真っ盛りの人たちには気に食わない存在のようで、男女ともに嫌われていたし先輩後輩にも彼女のことは知れ渡っているらしく、誰も彼女の近づくことはなかった。
先生たちもそんな彼女のことは気にはかけるが、あまり積極的に接しようとはしていない。
それは教師としてどうなんだろうとは思ったが、自分もあまり関わりたくないと思った手前何も言えない。
始業式、みんな制服のなか一人だけ目立つジャージ。ひそひそと声がそこら中から聞こえる。
聞こえていないわけがないのに、彼女は気にしていないのかまっすぐに檀上を見つめている。
なぜかその姿が目に焼き付いて離れなかった。
雨は一日中降り続いた。
放課後、部活に向かおうと渡り廊下を歩いていると、そこから見えるグラウンドに彼女はいた。
両手を広げてくるりくるくる。
顔は見えないものの楽しそうなのは伝わってくる。
風邪をひくんじゃないかななんて心配してしまう。
「ほら、あの子だよ」
「あいつがそうなの?頭おかしいんじゃね?」
「だから言ったじゃん、頭おかしいって」
「キチガイだわ、マジで」
自分のすぐ横を通り過ぎる女子生徒二人。
くすくすと笑う声にもやもやとした何かが胸の中に生まれる。
「……部活いこ」
湧き出る感情が一体何なのか、まだわからないそれを無視して部活に向かった。
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