愛は、つらぬく主義につき。
「お疲れさまです」

 退社時間になり、最後の愛想笑いを部長に向けて、事務所を後にする。
 駐車場に停めた愛車のシートに体を沈め、大きく息を吐き出した。
 
「・・・・・・つかれた・・・」

 結婚して辞める話は、ほぼ社内に行き渡ったらしく。ひととおりの従業員から、冷やかしと祝福を受け取った。笑顔で返してる自分が女優なのか別人格なのか、・・・何だかそれもよく分からない。

 ゆるゆると、バッグからスマホを取り出して画面をチェックする。
 ここのところ紗江と織江さんから毎日のように、何かしらのメッセージが送られてきて。

『ちゃんとご飯食べてる?』とか、お姉ちゃんが妹を心配するみたいな文面の紗江。
 仁兄との結婚を相澤さんから聴いて知った織江さんは、『わたしは何があっても宮子さんの味方です』と、電話の向こうで泣いてくれた。
 それからは、愛娘の椿(つばき)ちゃんと雅(みやび)ちゃんのお手伝いの写真や、ベランダ菜園のトマトや茄子の世話をしてる藤さんの隠し撮りなんかを添えて、日記のようなラインを欠かさず。いつも必ず『いつでも遊びに来てください』と添えてくれた。

 今日も二人からは、そんな他愛もない、でも心遣いが伝わるメッセージが届いてた。自然と笑みが滲んで少しだけ気持ちが和む。
 あたしは独りじゃないって。思えるのだけでも掬われてた。

 幾つか並んだラインのバナー。最後のひとつを開く。・・・・・・仁兄。知らず息を吐く。
 “七時に迎えに行く” 
 たったそれだけ。 
 
 結婚を公けにしてから、仁兄は時間があればあたしを食事に連れ出す。少し夜の街をドライブすることもあるし、週末に食事ついでに買い物に付き合ったりも。
 婚約者として断る理由もない。・・・自分に理由を付けた。 
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