愛は、つらぬく主義につき。
 本館と別館があって、二時間以上歩き回っても半分こなせたかどうか。
 カフェテラス風の広大なフードコートで冷たい飲み物を買い、フリーのテーブル席で足を休ませることにした。

 四時を過ぎて中途半端な時間にも関わらず、周囲を見渡すと、鉄板のステーキ食べてたり海鮮丼を食べてたりとさまざま。
 小さな子供の泣き声や、お母さんが叱る声なんかがあちこちで飛び交って、大変だなぁなんて他人事みたいに思った。自分が。お母さんになるのは、まだ想像も出来ない話で。
 紗江もこうだったのかなぁ・・・。ぼんやり遠くを見つめた視線を、アイスティ入りのプラスティック製のカップに戻した。
 右手をストローに添え、左手でカップを持ち上げようとしてふと、目を落とす。

 普通なら嵌まってるハズの左の薬指に指輪はない。
 忘れたワケでもなく、あたしが条件を出して断ったからだ。
 婚約指輪も結納もいらない。その代わり一日でも早く式を挙げたいって。

 しきたりだとかに厳しいおばあちゃんは、とうてい赦さないだろうって構えてたのに、そこは何も言わなかった。あたしが結婚を撤回するよりはマシだって、考えたのかも知れない。

 そう言えば遊佐は。誕生日でもクリスマスでも、指輪をプレゼントしてくれたコトは一度もなかったっけ・・・・・・。


「宮子は買いたいものは無いのか?」

 せっかく来たんだぞ。そんな眼差しがこっちに向いてた。
 夏物のセール中だし、普段なら手を出すのを躊躇うブランドでもお買い得なのは確か。
 でも。それほど積極的に欲しい気が起きないのは、なんでかな。見せる相手が違うから・・・?

「気に入ったのがあれば買おっかなってぐらい。仁兄は? あるんなら付き合うし」

「俺も気に入ればってだけだ。・・・それよりお前」

「・・・?」

「いつまで俺をそう呼ぶつもりだ。いい加減、名前で呼べ」

 真顔で言われて一瞬、心臓がぴくりと跳ね上がった。

 名前でって。
 自分の中で、ジンって響きを咀嚼して飲み込もうとする。

 『仁』。

 なぞるように。繰り返す。

 貼り付けようとしても。剥がれかかるのを抑え込んでは。



 『仁兄』。
  
 すとんと落ちて。そこから動かない。

 剥がそうとしても。

 どんなに揺さぶってみても。

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