愛は、つらぬく主義につき。
「・・・どうした?」

 固まったまま、押し黙ったあたしを訝し気な表情で仁兄は見てた。

「あ・・・。ゴメン、何でもない」

 作り笑いで取り繕う。

「仁兄って呼ぶのクセみたいなもんだし。直せるかな?」

「直せ。兄貴じゃねぇだろうが」

「・・・だよねぇ」

 困ったように薄く笑み返した。 




 ずい分とカンタンなことに今更気付いた瞬間だった。

 あたしにとって。仁兄はどうしたって『仁兄』でしかないコト。
 そうとしか呼べないコト。

 『お父さん』が『お父さん』であるように。
 『仁兄』は『お兄ちゃん』だったコト。

 貼り付けて上書きして、自分を騙しちゃいさえすれば。そうじゃなくなるって思ってた。 

 代わりになんかならない。って。
 言ったのはあたし。
 
 仁兄は。
 大好きなお兄ちゃんのままでいて欲しいって。



「・・・仁兄」

 目が合う。

「愛してる」

 生涯、妹として。



 目を見張った仁兄にあたしは淡く笑む。

 

 大波に流されてく葉っぱの辿り着く先は分からない。
 でも。

 ユキちゃんの顔が思い浮かんだ。
 『まだ戦えるはずだよ、お嬢』

 

 沈まないかぎり。あたしは。
 


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