愛は、つらぬく主義につき。
2-1
「お疲れさまでーす。お先に失礼しまぁす!」

「ハーイお疲れさーん!」

ちょっとメタボだけど人は好い宮沢部長が、退社時間になって事務所を出てくあたしに軽快な挨拶を返してくれた。

建物の裏手にある社員用の駐車場に小走りで向かい、黒のスティングレーに乗り込む。あたしの愛車。泥ハネが目立つから、黒じゃない方が良かったんだけど遊佐がね。・・・ほんと惚れちゃった弱みなの。
 
今日は一旦マンションに戻って、着替えてから実家に。これからおじいちゃんの古希のお祝い会が待ってる。

お正月もそうなんだけど正装ったらもう、真っ黒な集団だからねぇ。紛れるなら同じ色。あたしも黒で行くつもり。

オフネックで、袖は小花模様のレース仕立て。胸元からAラインになってる膝丈のシフォンドレス。これにストラップ付きの5センチヒールとクラッチバッグを合わせればお嬢さんぽいの・・・の出来上がり。

髪はネジネジして簡単アップ。ネックレスとイヤリングは、成人式のお祝いにおばあちゃんがくれたあの真珠をして行こう。頭の中で組み立てながら、どことなく気の重さも感じつつ。夕闇のなか車を走らせるのだった。 

国道から入って住宅地を抜け、畑なんかもチラホラある中に、時代劇に登場する武家屋敷ぽい白塗りの外塀が見えて来たらそれが目印。敷地2000坪の我が家。

臼井の家は昔からこの一帯の大地主で、おじいちゃん世代のご近所さんからは『一ツ橋のお館さま』なんて呼ばれ方もする。

いつ頃の話かは定かじゃないんだけど、ご先祖さまが近くの中瀬川に、私財を投じて領民の為に橋を架けてあげたんだとか。今はもうないその橋の名前が由来になって『一ツ橋組』を名乗るようになったのが戦後の話。ひいおじいちゃんが極道発祥の人。三代目組長がお父さんてわけ。

本家の他に『一ツ橋二の組』『一ツ橋三の組』って、分家まである大手の組織に成長しちゃって、それなりに揉め事なんかもなくはない。

いくらあたしが組を継ぐ気がないって公言したって一人娘には違いないし、何かに巻き込まれやしないかっておじいちゃん達が心配するのも分かってはいるんだけどね。

だから本家の次期組長は『若頭』の哲っちゃん。そのまま行けば、遊佐が若頭代理でいずれ組を継ぐハズだった。本人が頑なに固辞して、代理の席は今は空いたまま。・・・榊がそう言ってた。
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