愛は、つらぬく主義につき。
「・・・親父も総長も宮子には言わねぇだろうが、櫻秀会のトップが派閥抗争で揉め出してる。今は燻ってる状態だが、火種がでかくなれば一ツ橋でも内部抗争が起こりかねない」

仁兄は触れてた指先を滑らせてあたしの頬をなぞり、淡々と続けた。

「見境なくなったバカな連中が本家の一人娘を狙ってくる可能性も有りえる。傍にいて宮子にもし何かあってみろ、一番苦しむのは誰だ?お前達はまた傷付け合って終わるだけだ」

次第に項垂れてくあたしの顎に手をかけ、上を向かせて仁兄は静かに言い重ねる。

「・・・真はお前を守れない無力さと闘いながら、ずっと苦しかったはずだ。本気であいつを想ってるなら・・・宮子から解放してやれ。そうするのが今のお前たちにとっての最良だ、違うか」

仁兄の全部が正論で、言い返せる要素なんてこれっぽっちも。

思い知りながらあたしは笑みを浮かべてた。仁兄の言う通りだって、笑っちゃいながら涙を零した。

心が折れそうになるから、もう泣かないってずっと自分に言い聞かせてきた。本当に泣きたいのは遊佐なんだからって。

ああゴメン遊佐。情けないよねぇ、あたし。
 
「・・・宮子」

仁兄の声が耳の奥でたわんで聴こえた。

ねぇ遊佐。あたしはあんたを苦しめただけだった・・・?

あのとき離れてた方が遊佐を楽にしてあげられた・・・?

・・・ごめんね、ワガママで自分勝手で。

世界一好きな男を傷だらけにしてごめんね。

・・・諦めてあげられなくてごめん。

一生あたしを赦さないでいいよ。

「・・・ごめん仁兄。あたしは仁兄とは結婚できない」

溢れそうになる涙を堪えながら微笑んで見せた。

仁兄は眼鏡の奥から目を細め、じっと見据えてた。あたしも今度は逸らさなかった。
 
「・・・いずれお前は俺と結婚する」

「・・・・・・・・・・・・」

「真が何を望んでるかぐらい分からない女じゃないだろう」 

かすかに口の端を歪めた仁兄の眼差しが儚げに揺れた。そんな風に見えた。

「宮子を守ってやりたいだけだ、俺も・・・真も」

 


 一人残されて考えた。自分が出来ることは何かを。そして決めた。

 大きく息を吸い込み、背筋を伸ばしてお腹に力をこめた。部屋を出て離れへと足を踏み出す。

 おばあちゃんの言い方を借りるなら。ここからが正念場だ、臼井宮子の。
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