愛は、つらぬく主義につき。
「・・・・・・着いたぞ」

 マンションの前に静かに停まった車。ハザードがカチカチと音を刻んでた。
 榊が低く告げるまで、固く寄せ合ってた躰をそっと解くと。あたしと遊佐はどっちからともなく口付けを交わした。

 最後の。・・・その思いもあたし達にはきっと在った。
 ワルツを踏むみたいな柔らかいキス。唇を啄ばんでは、なぞる。優しく何度も繰り返し。頭の後ろをやんわり掴まえられて、きりが無いくらいに。
 
 悲しいより切なくて。痛くて。
 泣きたかったけど懸命に堪えてた。

 不意に吐息が口許から外れ、おでこに温もりを押し当てられた。“終わり”の合図。
 目を開けて遊佐を見つめる。相変わらず極道には勿体ないキレイな顔。手を伸ばして頬に触れる。その指に遊佐の手が重なった。

「・・・遅くなるから帰りな」

「・・・・・・ん」

「オヤスミ・・・宮子」

「・・・お休み。遊佐・・・」


 もっと笑えるかなって思ったのに。眸が歪んで、うまく作れなかった。
 車を降りて、もう一回振り返る。遊佐はあたしを見て、ひらひらと手を振った。泣きそうな笑い顔に見えた。



 部屋の前まで送ってくれた榊にお礼を言う。

「・・・迎えに来てくれてありがと。ごめん、いつも・・・」

「別にいい」

 もう六月も終わるって蒸した夜気が纏いつく中、黒のスーツ姿の榊はあたしを見下ろし、間を置いてから言った。

「・・・・・・大丈夫か」

 誰がどう聴いても別れ話にしか聴こえなかったと思う。大丈夫じゃないよ、とあたしは溜め息雑じりに微かに笑った。 

「半分死んでるけど・・・まだ死ねないから」

 そう。まだ。

「無理するな」

 俳優の阿部寛を、目付き鋭くしてあっさりさせたみたいな顔がじっと見据えてる。

「・・・ちゃんと飯食ってちゃんと寝ろ。出来ねぇなら、大姐さんに言って本家に連れ戻すからな」

 誕生日会のあの夜から、食べも眠れもしなくなったあたしを知ってるだけに、かなりの本気度が伝わって来る。ぎこちなく苦笑いで返した。
 
「さすがに二度目だからさ・・・。ちょっとは受け身も取れたし・・・心配しないでいいよ」

「お前の心配するのが俺の仕事だ」

 睨みを利かされたけど、いつもと変わりがなくて何となく笑える。

「あんたのコワイ顔に慣れすぎちゃって、全然こわくない」

「・・・そうかよ」

 言ったかと思ったら急に躰が引っ張られて。大っきな胸元に抱き込まれてた。
 びっくりして驚いたけど、逃げたくなる気持ちは無かった。口下手な榊なりの慰めなんだろうって思ったから。 

「俺に出来ることは何でも言え。遠慮なんかしてみろ、・・・絶交すんぞ」

 何回目だっけ、絶交って言われたの。思わずクスリ。
 でも素直に嬉しかった。やっぱり榊も、あたしを慰める会の永久会員決定だわ。

「あんたがいてくれて心強いよ。・・・ありがと」

「一生、面倒みてやる」

 ぶっきらぼうにそう聴こえて、壁みたいな男は離れた。

「・・・もう中に入れ。きっちり鍵かけろよ」

「ん。・・・お休み」

「ああ」

「遊佐をお願い」

 あたしのその言葉をどう受け取ったか。
 榊はもう一度「ああ」と短く答えて、あたしの背中を玄関の内側に押し込んだ。 


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