お見合い結婚した夫が最近おかしい件

一目見て、まさかと思った。相手もすぐに気づいたらしい。


「圭？！」

「千？やっぱり千だったのか！！」

懐かしい声で名前を叫ばれた。ついつい昔の呼び名で呼び返してしまった。


俺たちが学生の頃に上映された大ヒット映画の主人公の呼び名と同じ『千』というあだ名は、その当時からの彼女の友人が呼んでいたものである。

からかい半分で呼び始めたが、本人が何の抵抗もなく受け入れたためそのまま定着してしまっていた。


渡米して以来あっていなかった懐かしい顔に、ついつい反射的にそのあだ名で呼んでしまって、内心焦る。


何事かと後部座席の窓を開けた兵頭専務の目が鋭いのは気のせいだと思いたい。


内心焦りまくりだが、とにかく千を車内へ誘導する。

今更、呼び方を変えるのは不自然だし、結婚した千を旧姓で呼ぶわけにもいかない。かといって、『奥様』なんて呼んだ日には、千から大爆笑をとれるだろう。それはそれでまずい気がする。

そんな俺の心などわかるはずもなく、千は嬉しそうに話しかけてくる。

いや、俺だって旧友との再会を喜んでいないわけじゃない。

でもね。気づけよ千！隣にいる君の夫が放つ冷気を！

何で気が付かないんだ！鈍感にもほどがあるぞ！

そもそも、勉強もできて、頭の回転も速く、気遣いもできる子なのに、どうしてお前は、恋愛に関してはそんなに鈍感なんだ！

どうしてその部分だけは、まったく進歩がないんだ！！


そんな俺の心の叫びに気が付く気配もない千は、あろうことか高校時代の友人たちと食事に行こうと言い始めた。

やけっぱちでＯＫすると、千はやっと満足したらしいく、大人しくなった。