恋を知らない
ふるえる指で、仮想平面のフレーム右下をクリックする。
シャッター音がして、画像データがグラスのメモリに保存される。
本当は彼女の姿を中心に画像を拡大して撮影したかったのだが、それは断念した。
デジタルデータのたぐいは、すべてマリアの側に検閲されていると思わなければならない。ぼくらは常に監視されている立場なのだから。
ぼくはそのままの構図でもう1枚写真を撮った。しかし、あの子の前をほかの通行人が通ったせいで、姿が隠れてしまった。
舌打ちしたい気持ちだったが、それ以上撮影を続けることはできなかった。マリアに怪しまれるし、そもそも、あの子はもうホールの入り口へと姿を消してしまっていた。
――もう、いいの?
――うん。
ぼくは平静をよそおってマリアの問いに答え、ホールへ向かった。
ホール内に入ってからは、ドギマギしながら、それとなくあの女の子の姿をさがした。
だが、2千人を収容するホールの大半が埋まっている状態では、とても見つけることはかなわなかった。