恋を知らない
「ずいぶんと混んでるんだね」
あまり映画館に縁のないぼくがきょろきょろしていると、キョウが答えた。
「日曜日なんて、いつもこんなもんだ」
「へえ」
「映画に限らないけどな。コンサート。演劇。スポーツ観戦。みんなでひとつのものを見る、聞く、体験する。そういうイベントがウケるんだよ。お前もたまにはハメをはずして、いろいろ――ん? どうした?」
ぼくの耳には、キョウの声がすでに遠かった。ぼくの目はひとつのものに釘づけになっていた。
チケット売り場の列から数メートル離れたところに、その子は立っていた。
丸みを帯びた体にシンプルなブラウスとカーディガンをはおり、ひざを少し出したミニスカートをはいている。美人とは決して言えない。でも、とてもかわいい。笑顔を浮かべ、人と人とのすきまからぼくのほうを見て、挨拶するように片手をふっていた。
(めぐみ……さん……)
ぼくは心の中でつぶやいて、あわてて打ち消した。「めぐみ」というのは、ぼくが勝手につけた名前だった。
とにかく、名前は知らないけど、気になってしかたがなかった女の子が、すぐそこに立っているのだった。