恋を知らない

「めぐみ」のマリアはぼくの沈黙を勘違いしたのか、哀しげに首をふった。

「大丈夫よ。あたしのデータは、今のあたしのここにあるだけ。あたしを壊したら、あなたの嫌いなあたしは消えて、もう世界中のどこにもいなくなる。さあ、シュウ、壊して。あなたの手であたしを壊して」

「めぐみ」のマリアが微笑んだ。小さな目が細くなって、三日月型の曲線になった。人が幸せの絶頂で見せるような最上の笑顔をぼくに向けていた。

マリアとの一年半の生活が猛スピードで頭の中を駆け抜けた。

精子を供出するためだけの無機質な生活であったはずなのに、今こうしてふり返ると、それはなぜか少し甘いような味わいのあるものだった。

ぼくはたまらなくなった。

激しい感情がこみあげてきて、それは言葉にならない獣のような叫び声となって口から噴き出した。

ぼくは大きな叫び声をあげながら、頭上にふりかざしたパイプ椅子を力いっぱいふりおろした。

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