恋を知らない
5 〈マンション〉
マリアが部屋から出ていくと、ぼくはパジャマを着た。部屋の灯りをつけ、ベッドのわきの台に置いてあったグラスと呼ばれる眼鏡の形をしたウェラブル端末を取って、顔にかけた。
ベッドにあお向けになり、グラスのつるをいじってスイッチを入れると、宙に縦400ミリ×横500ミリの仮想平面が現れた。
指で仮想平面をクリックしてフォトファイルを開いた。その中にあった、1週間前に撮った写真データをクリックした。
仮想平面の中央に、壁一面がキラキラしたガラスに覆われた大きな建物の写真が表示された。市内にあるコンサートホールを正面から撮影した写真だ。
ぼくは指で写真の右下部分を画面の中央に持ってきて拡大した。コンサートホールの前の道路を歩いている人物が見えてくる。
人物の背たけが画面の縦幅の半分くらいになるまで、拡大を続ける。荒いドットで構成される人物の姿は不鮮明だ。