それでも僕は君を離さないⅢ
α. 悩めるイケメンは朝から
東京メトロは今朝もいつも通り混んでいた。

駅のホームがビルの地下であることは当たり前で

改札口を出てすぐ左にあるコンビニで買った

熱いコーヒーを片手にオフィスへ急ぐ人の波が途切れない。

立花樹里(きり)はマイボトルに熱いハーブティーを入れ

もう1本には昨夜スライスしたレモンを

ハチミツに漬けて作っておいたレモネードをホットで入れてきた。

どちらもお気に入りのドリンクだ。

その代わりバッグはずっしりと重く

肩に食い込むベルトが

毎月少しずつ貯めた給料でやっと買えた目当てのバックスキンコートの生地を

傷つけていないかとたまらなく気にしつつ

バッグを定期的に左右に持ち替えていた。

樹里は我ながら神経質だとは思ったが

来シーズンも着続けたいと大切に使うつもりでいるコートだ。

彼女のショートブーツで歩くコツコツとした小さな音が

他の人達のものと混ざって

巨大なビルの吹き抜けの無駄にだだっ広い地下のエントランスに響いた。

登りの長いエスカレーターの流れに身を任せると

朝の冷たい風が無造作に束ねた彼女の髪を容赦なく撫でた。

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