それでも僕は君を離さないⅢ
週明けから社長がご出社されると聞き、樹里は俄然張り切った。

その日も昼休みに貴彦からメールが届くのはいつものことだ。

「一度食事できないか?」

これまでは誘いの全てを断わっていた樹里だが一瞬考えた。

一度くらい外食してもいいかと。

「明日でしたら構いません。」

するとものの数秒で貴彦から返信が届いた。

「ありがとう。」

貴彦は樹里からの肯定のメールに驚きつつ、彼女の気が変わらない内に再び送信した。

「明日正午に18階へ行くよ。」

ところがどちらが何を勘違いしたのか、貴彦の驚きは百倍増しになった。

「ランチタイムは外出できませんので、帰りにしていただけませんか?」

マジか。

一瞬呼吸が止まり

心臓がドクンとはね上がった。

貴彦は鼻をつまんで天井を仰いだ。

ヤバい。

鼻血が出そうだ。

カーッと顔が赤くなるのを意識できた。

恐らく耳も真っ赤だ。

と背後に誰かの気配を感じた。

座ったままチェアをくるりと回転させて後ろを見た。

同じセクションの織田チーフだった。

「ちょっと多田くん、大丈夫?顔が赤いけど熱でもあるの?」

「いえ、大丈夫です。」

「大丈夫そうな感じに見えないわよ。」

「チーフ、何でもありませんので。」

「そうお、それならいいけど。」

チーフは分厚いファイルを左腕に抱え直し、形の良い美脚のひざをタイトスカートから惜し気もなく露にして立ち去った。

織田マリコは営業二課の花形チーフで、同期はもとより4期先輩まで蹴落として、今の立ち位置をつかみ捕ったいわゆるデキる女だ。

彼女はすべてにエクセレントだと言い切れた。

誰からも好かれ、誰からも頼られ、誰もが彼女の笑みに惹かれ、そして誰もが彼女に評価してもらいたいと思うのであった。

後輩の育成にも余念がなく、業務がスムーズに推進されない案件が積もると、部下たちに決まって無駄口が目立つようになる。

そういう時には躊躇なく声を荒げた。

「お黙りなさい。」

その場にいる誰もが一斉に黙し、そして誰もがこう思うのだ。

出たよ、織田マリコの「お黙り」が。

しかしながらその言葉には嫌味がなく、誰もがそう言われて当然だとして、彼女が真に尊敬できる先輩だと再認識できるひとこまでもあった。

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