それでも僕は君を離さないⅢ
さて念願の彼女との食事ができる日だ。

「何食べたい?」

貴彦は事前にリサーチしたレストランをあれこれ頭に思い浮かべながら問うた。

樹里の返事は貴彦の想定外だった。

「前から一度行きたいと思っていたお店があるんです。」

彼女について足を運んだその店は、新橋のとある焼き鳥専門店であった。

マジ?

貴彦は内心いぶかった。

女子が焼き鳥屋を選ぶとは一体どういうことなのか見当もつかなかった。

単なる好みだろうか。

「本当にここでいいの?」貴彦は一応確認した。

「はい。」

樹里の即答にも合点がいかず

彼女に続いて暖簾をくぐった。

「いらっしゃいませ。」店員の丁寧な声がけに樹里はすぐさま言葉を返した。

「二人です。」

「お座敷になさいますか?」

「いいえ、カウンターでお願いします。」

はあ?

カップルなら普通座敷じゃないか?

貴彦は多少どころか大いに面食らいながら渋々カウンター席に彼女と並んで座った。

すぐさまおしぼりが手渡されて、お飲み物は?と聞かれた。

「私は冷酒をお願いします。」

マジ?

「俺は生を。」

「かしこまりました。」

貴彦は戸惑いを隠せなかった。

それとなく店内を見回すと、カップルどころかオヤジばかりだ。

仕事帰りのサラリーマンの溜まり場といった方がしっくりだ。

その雰囲気に貴彦が思い描いていた今夜のシチュエーションはあっさり崩壊した。

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