それでも僕は君を離さないⅢ
「お待たせしました。串前をどうぞ。」
店員が運んできた串前とは前菜のことだった。
横長の青みがかった皿の上に三種のおかずが並んでいた。
煮物、和え物、お浸しだ。
それぞれが小皿に納まっていた。
貴彦はそれを見て思った。
これはオヤジコースの始まりだと。
一方樹里は店内に漂う香ばしい焼き鳥の匂いに食欲を感じていた。
一品目の串を見て、焼きあがったばかりの鶏肉のきっちりとした焼き加減と焦げ具合に、これが食べたかったんだと自然に口元が緩んだ。
メールをやめたいといった樹里のことを思った貴彦は渋々切り出した。
「考えたんだけど、メールが負担に思うならやめよう。」
樹里は串にかじりついたまま貴彦を見た。
「もが?」
「ぷっ。それを飲み込んでからでいいよ。」
貴彦は美味しそうに食べる樹里を優し気な眼差しで見守りつつ、自分も串にかぶりついた。
「美味いね。」
焼き鳥にしては大ぶりの一口に貴彦も納得した。
「良かった。美味しいと思ってくれて。」
「うん。」
「強引にここにしてしまってすみません。多田さんのことだからきっとちゃんと考えてたかと思います。」
「いいんだ。気にしないで。」
「ありがとうございます。」
二人は次々と焼きあがってくる定番の串のコースを平らげた。
他にもナスやアスパラガスのカット野菜、アボカドを炙った串や、タコとトマトのサラダをオーダーして分け合って食べた。
「多田さんはお酒にお強いですか?」
「いや。君は?」
「私もちょっとで充分です。」
「俺も普段は飲まないんだ。」
「接待とか大変ですね。」
「うん。まあお得意様とは仕方ないよね。」
大したことも話せず時計の針は9時を差していた。
時間管理にも余念がないだろうと踏んだ貴彦は、店員に合図してお冷を頼んだ。
「遅くなるよ。帰ろう。」
「はい。」
「君のことだから割り勘って言いそうだね。」
「はい。もちろんです。」
店を出て駅の方角へ足を向けた。
「今度は鍋でも食べに行かない?」
「多田さん。」
「うん?」
「お鍋なら家で作れます。自分では作れないものを食べに行きたいです。」
「そうか。例えば何かな?」
「例えば、ステーキとかです。自分では上手く焼けないので次に行くならステーキがいいです。」
「いいよ。」
「ありがとうございます。」
「でもステーキはフライパンで焼くだけだと思うけど。」
「私が焼くと必ず岩石のようにカチカチになってしまうんです。」
「岩石?アッハッハッハ。」
「そんなに笑わないでください。」
「ごめんごめん。俺も似たようなものだ。」
「では、次回はステーキでよろしいですか?」
「もちろんステーキでいいよ。」
「お店選びは次は多田さんにお任せしますね。」
「オーケー。」
次回か。
次回があることに嬉しすぎてこのまま放心していたいと、貴彦はそう思いながら歩を進めた。
そしてメールを続けることができる喜びにも浸っていたかった。
幸せだな。
週明け始業前に貴彦は自分のブースでデスクに頬杖をつき、焼き鳥屋でのひとときに思いを馳せた。
なんて言ったらいいのか、このままひたすらボーッとしていたい。
俺って欲がない男だ。
そう思いながらパソコンを立ち上げたが、頭の中では女子と行けるおしゃれなステーキ屋があるかどうか気にしていた。
店員が運んできた串前とは前菜のことだった。
横長の青みがかった皿の上に三種のおかずが並んでいた。
煮物、和え物、お浸しだ。
それぞれが小皿に納まっていた。
貴彦はそれを見て思った。
これはオヤジコースの始まりだと。
一方樹里は店内に漂う香ばしい焼き鳥の匂いに食欲を感じていた。
一品目の串を見て、焼きあがったばかりの鶏肉のきっちりとした焼き加減と焦げ具合に、これが食べたかったんだと自然に口元が緩んだ。
メールをやめたいといった樹里のことを思った貴彦は渋々切り出した。
「考えたんだけど、メールが負担に思うならやめよう。」
樹里は串にかじりついたまま貴彦を見た。
「もが?」
「ぷっ。それを飲み込んでからでいいよ。」
貴彦は美味しそうに食べる樹里を優し気な眼差しで見守りつつ、自分も串にかぶりついた。
「美味いね。」
焼き鳥にしては大ぶりの一口に貴彦も納得した。
「良かった。美味しいと思ってくれて。」
「うん。」
「強引にここにしてしまってすみません。多田さんのことだからきっとちゃんと考えてたかと思います。」
「いいんだ。気にしないで。」
「ありがとうございます。」
二人は次々と焼きあがってくる定番の串のコースを平らげた。
他にもナスやアスパラガスのカット野菜、アボカドを炙った串や、タコとトマトのサラダをオーダーして分け合って食べた。
「多田さんはお酒にお強いですか?」
「いや。君は?」
「私もちょっとで充分です。」
「俺も普段は飲まないんだ。」
「接待とか大変ですね。」
「うん。まあお得意様とは仕方ないよね。」
大したことも話せず時計の針は9時を差していた。
時間管理にも余念がないだろうと踏んだ貴彦は、店員に合図してお冷を頼んだ。
「遅くなるよ。帰ろう。」
「はい。」
「君のことだから割り勘って言いそうだね。」
「はい。もちろんです。」
店を出て駅の方角へ足を向けた。
「今度は鍋でも食べに行かない?」
「多田さん。」
「うん?」
「お鍋なら家で作れます。自分では作れないものを食べに行きたいです。」
「そうか。例えば何かな?」
「例えば、ステーキとかです。自分では上手く焼けないので次に行くならステーキがいいです。」
「いいよ。」
「ありがとうございます。」
「でもステーキはフライパンで焼くだけだと思うけど。」
「私が焼くと必ず岩石のようにカチカチになってしまうんです。」
「岩石?アッハッハッハ。」
「そんなに笑わないでください。」
「ごめんごめん。俺も似たようなものだ。」
「では、次回はステーキでよろしいですか?」
「もちろんステーキでいいよ。」
「お店選びは次は多田さんにお任せしますね。」
「オーケー。」
次回か。
次回があることに嬉しすぎてこのまま放心していたいと、貴彦はそう思いながら歩を進めた。
そしてメールを続けることができる喜びにも浸っていたかった。
幸せだな。
週明け始業前に貴彦は自分のブースでデスクに頬杖をつき、焼き鳥屋でのひとときに思いを馳せた。
なんて言ったらいいのか、このままひたすらボーッとしていたい。
俺って欲がない男だ。
そう思いながらパソコンを立ち上げたが、頭の中では女子と行けるおしゃれなステーキ屋があるかどうか気にしていた。