それでも僕は君を離さないⅢ
β. 完璧を目指す秘書は今日も
とある社長室の手前には控え目にデスクがあり
その驚くほど整理整頓された一角に
ここに足を運んだ誰もが感嘆の態を見せた。
髪をきっちりと束ねた小柄な秘書は前方のドアノブが動くのを見逃さなかった。
すくっと席を立ち入室してきた面々ににっこりと笑みを向けた。
専務取締役と常務取締役がそれぞれ紺色のファイルを手にしていた。
事前に連絡があり社長のサインを求めている旨は承知していた。
「社長はいらっしゃいますか?」
「はい。承知いたしております。こちらへどうぞ。」
秘書は二人を社長室のドアの前へ手を添えて誘導した。
コンコンと軽くノックをして二人の取締役のためにドアを開けた。
先に通し自分は後から続いて静かにドアを閉めた。
「わかっとる。サインだな。」
社長は座ったまま彼らを手招きした。
秘書の動きはそこにいる者にはまったくわからなかった。
いつの間にか社長のすぐそばに寄り添っていることにだ。
社長はファイルを受け取り表紙を開いた。
中には新品のレターヘッドになにやらびっしりと書かれた英文が鎮座しており
右下の3本のアンダーラインの内
下2本はすでにサイン済であった。
一番上に位置した空欄のラインに社長が目をやり
右手を構えると同時に秘書がすっとペンを差し出した。
まさに痒い所に手が届くといった有り様に
専務と常務の目にはうらやみが浮かんでいた。
「ありがとうございます。」
彼らは会釈をしてそれぞれファイルを受け取った。
「社長、今夜の会食にはLA支社のタナー氏も同席されます。」
専務がそれとなく確認の言葉を使った。
「わかった。そのつもりでいるよ。」
社長は64歳とまだ若いが声には疲れが感じられた。
「社長、明日のゴルフはご出席されますか?」
常務は心配そうに聞いた。
「考えておくよ。」
「我々だけでは無理でしょうか?」
「そうだな。これからはそう願いたいものだな。」
専務と常務は顔を見合わせた。
社長は今期体調を崩され
年度末の決算が近いこの時期は特に多忙を極めていた。
そのせいもあり接待は極力控えていた。
「わかりました。それでは失礼いたします。」
二人が退室するためもう一度社長に会釈をして踵を返すと
秘書はすでにドアノブを握っていた。
いつの間に移動したのか二人には全くわからなかった。
彼女は自分の控え室の外まで彼らを見送った後
サッと自分の席に戻りPCの時計を確認した。
社長に薬を用意する時刻が迫っていた。
再び社長室のドアを軽くノックした。
「立花くん。いつもすまんね。薬の時間か。」
「はい。お持ちいたします。」
社長のサイドデスクの上にあるピッチャーを静かに持ち上げそっとグラスに水を注いだ。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
血圧の薬だ。
「この歳になれば誰しも飲むものなんだろうな。」
「そうでございますね。」
秘書は社長に同意しきちんと飲んだことを確認した。
「お下げいたします。」
「明日のゴルフはやはり止めにしたい。後で彼らにメールしておいてくれないか。」
「かしこまりました。」
それは終業時間の10分前のことだった。
デスクに戻りキーボードを叩いていたら突然オフィスが揺れた。
地震は揺れが小さかった割に長い間続いたようだ。
彼女は社長の指示に従い手早くメールを送信した。
送信済を確認してからPCをシャットダウンした。
これから会食予定の社長をエレベーター前まで見送り
地下の駐車場にいるドライバーへ内線で伝えた。
「社長がそちらへ向かいましたので、よろしくお願いいたします。」
「すでに待機しております。承知しました。」
「お疲れさまでございます。失礼いたします。」
その驚くほど整理整頓された一角に
ここに足を運んだ誰もが感嘆の態を見せた。
髪をきっちりと束ねた小柄な秘書は前方のドアノブが動くのを見逃さなかった。
すくっと席を立ち入室してきた面々ににっこりと笑みを向けた。
専務取締役と常務取締役がそれぞれ紺色のファイルを手にしていた。
事前に連絡があり社長のサインを求めている旨は承知していた。
「社長はいらっしゃいますか?」
「はい。承知いたしております。こちらへどうぞ。」
秘書は二人を社長室のドアの前へ手を添えて誘導した。
コンコンと軽くノックをして二人の取締役のためにドアを開けた。
先に通し自分は後から続いて静かにドアを閉めた。
「わかっとる。サインだな。」
社長は座ったまま彼らを手招きした。
秘書の動きはそこにいる者にはまったくわからなかった。
いつの間にか社長のすぐそばに寄り添っていることにだ。
社長はファイルを受け取り表紙を開いた。
中には新品のレターヘッドになにやらびっしりと書かれた英文が鎮座しており
右下の3本のアンダーラインの内
下2本はすでにサイン済であった。
一番上に位置した空欄のラインに社長が目をやり
右手を構えると同時に秘書がすっとペンを差し出した。
まさに痒い所に手が届くといった有り様に
専務と常務の目にはうらやみが浮かんでいた。
「ありがとうございます。」
彼らは会釈をしてそれぞれファイルを受け取った。
「社長、今夜の会食にはLA支社のタナー氏も同席されます。」
専務がそれとなく確認の言葉を使った。
「わかった。そのつもりでいるよ。」
社長は64歳とまだ若いが声には疲れが感じられた。
「社長、明日のゴルフはご出席されますか?」
常務は心配そうに聞いた。
「考えておくよ。」
「我々だけでは無理でしょうか?」
「そうだな。これからはそう願いたいものだな。」
専務と常務は顔を見合わせた。
社長は今期体調を崩され
年度末の決算が近いこの時期は特に多忙を極めていた。
そのせいもあり接待は極力控えていた。
「わかりました。それでは失礼いたします。」
二人が退室するためもう一度社長に会釈をして踵を返すと
秘書はすでにドアノブを握っていた。
いつの間に移動したのか二人には全くわからなかった。
彼女は自分の控え室の外まで彼らを見送った後
サッと自分の席に戻りPCの時計を確認した。
社長に薬を用意する時刻が迫っていた。
再び社長室のドアを軽くノックした。
「立花くん。いつもすまんね。薬の時間か。」
「はい。お持ちいたします。」
社長のサイドデスクの上にあるピッチャーを静かに持ち上げそっとグラスに水を注いだ。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
血圧の薬だ。
「この歳になれば誰しも飲むものなんだろうな。」
「そうでございますね。」
秘書は社長に同意しきちんと飲んだことを確認した。
「お下げいたします。」
「明日のゴルフはやはり止めにしたい。後で彼らにメールしておいてくれないか。」
「かしこまりました。」
それは終業時間の10分前のことだった。
デスクに戻りキーボードを叩いていたら突然オフィスが揺れた。
地震は揺れが小さかった割に長い間続いたようだ。
彼女は社長の指示に従い手早くメールを送信した。
送信済を確認してからPCをシャットダウンした。
これから会食予定の社長をエレベーター前まで見送り
地下の駐車場にいるドライバーへ内線で伝えた。
「社長がそちらへ向かいましたので、よろしくお願いいたします。」
「すでに待機しております。承知しました。」
「お疲れさまでございます。失礼いたします。」