Anna
甘い彼女と酸っぱく絡んだ日常
フランスの首都、パリ。
花の都と称され、秀でた芸術の文化が数ある中、ことファッションの分野においても各国の著名人を招いてショーが開催される。
この日、彼もまたランウェイの舞台に立つはずであった。
「ケイ。もうすぐショーの時間よ」
マネージャーらしきブロンズを束に纏めた眼鏡の女性が、控室に現れる。
本番を前に物々しい雰囲気で控室の戸を叩いた女性だが、そこには目的の人物の姿はなく、もぬけの殻であった。
女性の寝不足の青白い顔が、さらに青ざめる。動揺する視線が、控室の隅々を見渡す。
「ケイ! どこにいるの! もうすぐランウェイに出るのよ!」
しかし、彼からの返事はない。
自身が黙り込むことで静まり返る室内に、重い空気が舞い込んだ。続いてその女性は発狂したように悲鳴を上げ、縺れた足で舞台裏へと向かった。控えているスタッフ達に、すぐさまトラブルがあったことを告げる。
「ケイがいなくなったの! すぐに連絡してちょうだい!」
舞台の上では、スポットライトを浴びるモデル達の華々しいショーが行われている。招待された観客の賞賛を浴び、さらに熱気を帯びて光り輝く舞台に、彼は直前で忽然と消えたのだった。