桜色の雪が降る
災厄の始まり
第7話 災厄の始まり
彼女と出会って2週間、ようやく互いの特徴を理解し合うようになってきた。
彼女から通話の誘いが来る頻度も多くなり、僕が一方的にアプローチをするという悲しい展開にはならずに済みそうだ。
とにかく煩わしいと感じられなくて良かった。
女性関係での気分が高まる一方で、僕ら2年生は修学旅行という高校生活の大イベントに胸を膨らませていた。
部屋割り決めでは揉めるとも思ったが、智樹のスムーズな司会進行と的確な判断により穏便に行われた。
これに関しては素晴らしいと思わざるを得なかった。
普段見習う所なんてないくせに。少し癪だ。
クラスに親しい友人が少ない僕にとって幸いなことに原西、智樹、酒井の3人と同室になった。これも本人曰く智樹の計らいらしい。
仕方ない。感謝しておくとしよう。
自由行動もこの4人で動くことになり、万事上手く進んでいる。
残念なのは議長会議で智樹が負けてしまったことだ。
僕たち5組は沖縄への行き来を含めてすべて私服で行動しようという案を出したのだ。その方がそれぞれの個性を見れて良いからと。
しかし、他の多くのクラスでは学校を背負って修学しに行くのだからしっかりとした服装でいようと案を却下されたのだ。
最終的に5組の必死の講義により空港では制服だが、沖縄内なら私服でいることが認められた。
そして現在。僕らは成田国際空港にてフライトまでの暇つぶしをしているところだ。
「ちょっと怖いかも」
右手の方で小さくか細い声がした。
見ると七海(ななみ)さんが立花(たちばな)の腕を強く握りしめていた。
「死ぬときはみんな一緒だから安心しなよ」
女子2人の間に茶髪の男が茶化しに入る。
「やめてよ……!」
静かながらに気迫の入った轟が耳に届く。
「生き残るといいな!」
七海さんはクラス内で最も人気のある女の子だ。そんな彼女にナンパ症の男子が恐怖を植え付けている。
それを面白がる男子もいればつまらなそうに冷たい目で見る男子もいた。
「あいつ、この修学旅行を機に七海さんにアタックするつもりだぞ!」
他の仲間とパスドラをプレイしていた原西がいつの間にか隣に立っていた。
そういえば原西も七海さんにさんを付けて呼ぶ。僕も然り。
「なんでみんな七海さんにさんを付けるんだ?」
「お前もさん付けじゃんか」
丁度トイレから戻った智樹が突っ込んでくる。その後からは酒井が付いている。
「智樹と酒井を見てると兄弟みたいだな」
原西は2人の身長差を見て言ったのだろう。
酒井が兄で智樹が弟だ。
「ある程度身長が低いやつなら誰でもそう見えるんじゃ……」
僕がごもっともな意見を述べると、智樹が少し背伸びをしながら
「うっさいやい」
と突っ撥ねた。
「俺の身長とかいいから。今は七海さんについて話してたんだろ」
「そうそう。なんでみんな七海さんだけさんを付けるんだって慧が気になったみたいで」
「そうだな」
酒井は少し唸ってから意見をまとめたのか頷いた。
「あの子だけ少し特別な雰囲気が出てるだろ?工業の女子はがさつで肉食っぽい感じだけど、彼女だけは清楚っていうか……こー、な、可愛い感じだろ」
がさつ代表の酒井に対して原西が反論する。
「清楚ってのがどこからかは知らないけど、他のクラスとかにもいるだろ?」
確かに生徒会に入っている子なんて特に清楚に見えるのではなかろうか。
「でもその子たちは呼び捨てだ。という事はみんなその子をさん付けで呼ぶに値すると感じていない」
「つまり?」
智樹も原西も今ひとつ理解出来ていない様子だ。僕はなんとなくだが言いたいことがわかった。
「人の可愛いの基準なんて人それぞれ適当だろ?だけど、誰しもが可愛いと認める存在がいる。つまりアイドルってやつだ。彼女はそういう雰囲気を作れる人間ってことなんじゃないかな」
清楚とか可愛いとかいう基準は人によるだろうが、万人がそうだと認めるような、言わばアイドル的存在ならば多くの人から認めてもらえるということなら納得がいく。
「なるほどなー。珍しく酒井が人を説得したな」
原西がデリカシーの無いことを呟く。
「お前ってやつは……」
酒井がガックリと肩を落とすと智樹が背中を擦って慰める。
それを見て原西と僕が笑みを零す。
「いいねーお気楽なアンタらは」
いつの間にか僕の背後に七海とその付き添い……じゃなくて親友の立花(たちばな)が腕を組んで立っていた。
珍しいな。女の子から僕に話しかけてくれるなんて。
「智樹も七海に声掛けてやってよ。怖がってて手が震えてんだよ」
と思ったが立花から一番近いはずの僕には目もくれずに智樹に声をかけた。
なんてやつだ。
「お前が守ってやれよ!俺より強いだろ確実に」
「それはどういう意味だい?」
フンッと鼻を鳴らして睨みつける。
智樹も怯むことなく攻撃を続ける。
「筋力とか言葉遣いとかだよ」
「なんだとー!私だって乙女だ!」
「オネェかよ」
原西も参戦した。
「本物の女だわ!」
「アレが付いてないか触ってやってもいいんだぜ」
ここで原西の会心の一撃が炸裂する。
対する立花はというと、意外なことに少し頬を赤らめて怯んでいるようだ。
七海は顔を伏せて黙り込んでいる。
彼のおかげで微妙な空気が流れてしまった。
「僕トイレ行くけど原西来る?」
仕方がないので、失言で居た堪れなくなってしまった原西を連れ出す。
智樹とすれ違う際に後はお前の仕事だと小声で呟いて酒井にもフォローを貸すように目で合図を送った。
「冗談で言ったんだけどな」
用を足しながら原西がつまらなそうに言った。
「男子と女子じゃ冗談とそうでないことの境界線が違うんだよ。特に性的なことに関してはね」
「そんなもんかねー」
ほとんど男子校であるこの学校に入ってから2年と半年が経つ。中学生の頃のような男女の探り合いはほとんど消え失せ、デリカシーの欠けらも無い行動を取るのが当然となったのだろう。
例えば、僕のクラスでは男子と女子が一緒に着替える。流石に女子は下着を晒さないが、男子は平気でパンツ1枚で走り回るしくっきりと形が浮かび上がっていてもお構い無しだ。女子も女子でそれを見ても恥ずかしがるどころか一緒になって笑う始末である。
しかし、七海さんだけはほかの場で着替えるようにしている。従って七海さんと共に行動する立花も別室で着替えているのだ。
このことは僕以外の男子も知っている。
だが、立花のぶっきらぼうな性格からか、七海さん以外の女子と同様に見られてしまっている。
「まあでも、原西は良い悪い例ってやつをしたのかもな」
立花には悪いが、原西はどこまでなら言葉にしていいのか、またどこからがその子にとってタブーなのかを見極める男女の掛け合いを思い出させてくれた。
そこで小雪とのやり取りを思い出す。
彼女とは本当に上手くやれているだろうか。不快なことは言っていないだろうか。
「よくわからんな」
「そうだよな」
今更過ぎてしまったことを思い出しても仕方が無い。言ってしまったことはもう取り消せないのだ。
相手がどんな風に僕の言葉を受け取っているのかを見極めるなんてことは顔が見えない相手に対して相当難しいことだ。
よく分からなくて当然なのだ。
「なんかバカにしてないか?」
「え?あ……」
馬鹿にしたつもりなんて全くなかったが、今の会話の流れを思い出して僕が彼を小馬鹿にしたような発言をしたことは確かだと思った。
手を洗いながら謝罪をする。
先の場所に戻ると智樹の他にナンパ男くんが2人と話していた。
先程までの硬い表情は消え去り彼女たちは笑顔だった。
智樹の頑張りだろう。
近寄ると、いち早く七海さんが気が付きこちらに首を傾けた。
それに反応した僕は彼女の方を向く。
必然的に僕と七海さんの瞳は重なり合った。
咄嗟に反応したのは七海さんの方だった。
目が合ったと思った刹那、彼女は顔を伏せた。
遅れて僕は彼女から目を離しつつも、何故かちらちらと顔を窺ってしまう。
「よお慧!相変わらずボケっとしてんなー……」
「どこがだよ。いつだって元気溌剌さ」
酒井が渋い顔をしたのを見逃さない。
「どうだっていいよそんなの」
なんて弾力だろうか。彼の心は全てを弾き返すのか。
「そんなことより!七海さん!自由行動のとき俺と一緒に行動しよう!」
このナンパ男は本当にナンパ症だと思う。
この前酒井と智樹と原西と共に駅へ食事に行った時も彼は他校の女子に絡んでいた。
たまたま見かけた僕らだったが、何も見ていないことにしたのだ。
「だってさ七海。こいつそこそこ顔は整ってるしアリだと思うぞ」
立花の言う通り顔立ちは整っている。
ただ残念なのが。
「背が低いわ」
一瞬自分の心の声が漏れたのかと焦ったが、語尾に上がる<わ>を付けて話すことなんて無いので違うと解った。
さらに、落とす<わ>なら男女ともに使用するが、このお嬢様風な言い方をするのは他でもない七海さんだけであることから今のセリフは彼女が言ったのだと理解出来た。
他の皆も七海さんの方を向いている。
彼女を見る彼らの目は大きく開かれていた。
何故なら、普段はほとんど男子と喋らない七海さんがこんなにはっきりと人を貶すなんて誰も思っていなかったからだ。
沈黙が続く中、最初に口を開いたのは智樹だった。
「あーあ。七海さんに嫌われたな」
ナンパ症男子は黙ったままだ。
そんなに落ち込んでいるのかと彼の表情を見ると、落ち込むどころか口角を斜めに上げていた。
笑顔とはまた違った顔。
無理矢理言葉にするなら、野心に満ちた顔と言うべきだろう。
彼は僕にも不安と恐怖を植え付けた。
霧がかかったような気持ちのままフライトの時刻を迎え、各々が決められた席に座る。
心配になった僕は七海さんの席を見る。
彼女の隣にはあのナンパ男が座っていた。
彼女と出会って2週間、ようやく互いの特徴を理解し合うようになってきた。
彼女から通話の誘いが来る頻度も多くなり、僕が一方的にアプローチをするという悲しい展開にはならずに済みそうだ。
とにかく煩わしいと感じられなくて良かった。
女性関係での気分が高まる一方で、僕ら2年生は修学旅行という高校生活の大イベントに胸を膨らませていた。
部屋割り決めでは揉めるとも思ったが、智樹のスムーズな司会進行と的確な判断により穏便に行われた。
これに関しては素晴らしいと思わざるを得なかった。
普段見習う所なんてないくせに。少し癪だ。
クラスに親しい友人が少ない僕にとって幸いなことに原西、智樹、酒井の3人と同室になった。これも本人曰く智樹の計らいらしい。
仕方ない。感謝しておくとしよう。
自由行動もこの4人で動くことになり、万事上手く進んでいる。
残念なのは議長会議で智樹が負けてしまったことだ。
僕たち5組は沖縄への行き来を含めてすべて私服で行動しようという案を出したのだ。その方がそれぞれの個性を見れて良いからと。
しかし、他の多くのクラスでは学校を背負って修学しに行くのだからしっかりとした服装でいようと案を却下されたのだ。
最終的に5組の必死の講義により空港では制服だが、沖縄内なら私服でいることが認められた。
そして現在。僕らは成田国際空港にてフライトまでの暇つぶしをしているところだ。
「ちょっと怖いかも」
右手の方で小さくか細い声がした。
見ると七海(ななみ)さんが立花(たちばな)の腕を強く握りしめていた。
「死ぬときはみんな一緒だから安心しなよ」
女子2人の間に茶髪の男が茶化しに入る。
「やめてよ……!」
静かながらに気迫の入った轟が耳に届く。
「生き残るといいな!」
七海さんはクラス内で最も人気のある女の子だ。そんな彼女にナンパ症の男子が恐怖を植え付けている。
それを面白がる男子もいればつまらなそうに冷たい目で見る男子もいた。
「あいつ、この修学旅行を機に七海さんにアタックするつもりだぞ!」
他の仲間とパスドラをプレイしていた原西がいつの間にか隣に立っていた。
そういえば原西も七海さんにさんを付けて呼ぶ。僕も然り。
「なんでみんな七海さんにさんを付けるんだ?」
「お前もさん付けじゃんか」
丁度トイレから戻った智樹が突っ込んでくる。その後からは酒井が付いている。
「智樹と酒井を見てると兄弟みたいだな」
原西は2人の身長差を見て言ったのだろう。
酒井が兄で智樹が弟だ。
「ある程度身長が低いやつなら誰でもそう見えるんじゃ……」
僕がごもっともな意見を述べると、智樹が少し背伸びをしながら
「うっさいやい」
と突っ撥ねた。
「俺の身長とかいいから。今は七海さんについて話してたんだろ」
「そうそう。なんでみんな七海さんだけさんを付けるんだって慧が気になったみたいで」
「そうだな」
酒井は少し唸ってから意見をまとめたのか頷いた。
「あの子だけ少し特別な雰囲気が出てるだろ?工業の女子はがさつで肉食っぽい感じだけど、彼女だけは清楚っていうか……こー、な、可愛い感じだろ」
がさつ代表の酒井に対して原西が反論する。
「清楚ってのがどこからかは知らないけど、他のクラスとかにもいるだろ?」
確かに生徒会に入っている子なんて特に清楚に見えるのではなかろうか。
「でもその子たちは呼び捨てだ。という事はみんなその子をさん付けで呼ぶに値すると感じていない」
「つまり?」
智樹も原西も今ひとつ理解出来ていない様子だ。僕はなんとなくだが言いたいことがわかった。
「人の可愛いの基準なんて人それぞれ適当だろ?だけど、誰しもが可愛いと認める存在がいる。つまりアイドルってやつだ。彼女はそういう雰囲気を作れる人間ってことなんじゃないかな」
清楚とか可愛いとかいう基準は人によるだろうが、万人がそうだと認めるような、言わばアイドル的存在ならば多くの人から認めてもらえるということなら納得がいく。
「なるほどなー。珍しく酒井が人を説得したな」
原西がデリカシーの無いことを呟く。
「お前ってやつは……」
酒井がガックリと肩を落とすと智樹が背中を擦って慰める。
それを見て原西と僕が笑みを零す。
「いいねーお気楽なアンタらは」
いつの間にか僕の背後に七海とその付き添い……じゃなくて親友の立花(たちばな)が腕を組んで立っていた。
珍しいな。女の子から僕に話しかけてくれるなんて。
「智樹も七海に声掛けてやってよ。怖がってて手が震えてんだよ」
と思ったが立花から一番近いはずの僕には目もくれずに智樹に声をかけた。
なんてやつだ。
「お前が守ってやれよ!俺より強いだろ確実に」
「それはどういう意味だい?」
フンッと鼻を鳴らして睨みつける。
智樹も怯むことなく攻撃を続ける。
「筋力とか言葉遣いとかだよ」
「なんだとー!私だって乙女だ!」
「オネェかよ」
原西も参戦した。
「本物の女だわ!」
「アレが付いてないか触ってやってもいいんだぜ」
ここで原西の会心の一撃が炸裂する。
対する立花はというと、意外なことに少し頬を赤らめて怯んでいるようだ。
七海は顔を伏せて黙り込んでいる。
彼のおかげで微妙な空気が流れてしまった。
「僕トイレ行くけど原西来る?」
仕方がないので、失言で居た堪れなくなってしまった原西を連れ出す。
智樹とすれ違う際に後はお前の仕事だと小声で呟いて酒井にもフォローを貸すように目で合図を送った。
「冗談で言ったんだけどな」
用を足しながら原西がつまらなそうに言った。
「男子と女子じゃ冗談とそうでないことの境界線が違うんだよ。特に性的なことに関してはね」
「そんなもんかねー」
ほとんど男子校であるこの学校に入ってから2年と半年が経つ。中学生の頃のような男女の探り合いはほとんど消え失せ、デリカシーの欠けらも無い行動を取るのが当然となったのだろう。
例えば、僕のクラスでは男子と女子が一緒に着替える。流石に女子は下着を晒さないが、男子は平気でパンツ1枚で走り回るしくっきりと形が浮かび上がっていてもお構い無しだ。女子も女子でそれを見ても恥ずかしがるどころか一緒になって笑う始末である。
しかし、七海さんだけはほかの場で着替えるようにしている。従って七海さんと共に行動する立花も別室で着替えているのだ。
このことは僕以外の男子も知っている。
だが、立花のぶっきらぼうな性格からか、七海さん以外の女子と同様に見られてしまっている。
「まあでも、原西は良い悪い例ってやつをしたのかもな」
立花には悪いが、原西はどこまでなら言葉にしていいのか、またどこからがその子にとってタブーなのかを見極める男女の掛け合いを思い出させてくれた。
そこで小雪とのやり取りを思い出す。
彼女とは本当に上手くやれているだろうか。不快なことは言っていないだろうか。
「よくわからんな」
「そうだよな」
今更過ぎてしまったことを思い出しても仕方が無い。言ってしまったことはもう取り消せないのだ。
相手がどんな風に僕の言葉を受け取っているのかを見極めるなんてことは顔が見えない相手に対して相当難しいことだ。
よく分からなくて当然なのだ。
「なんかバカにしてないか?」
「え?あ……」
馬鹿にしたつもりなんて全くなかったが、今の会話の流れを思い出して僕が彼を小馬鹿にしたような発言をしたことは確かだと思った。
手を洗いながら謝罪をする。
先の場所に戻ると智樹の他にナンパ男くんが2人と話していた。
先程までの硬い表情は消え去り彼女たちは笑顔だった。
智樹の頑張りだろう。
近寄ると、いち早く七海さんが気が付きこちらに首を傾けた。
それに反応した僕は彼女の方を向く。
必然的に僕と七海さんの瞳は重なり合った。
咄嗟に反応したのは七海さんの方だった。
目が合ったと思った刹那、彼女は顔を伏せた。
遅れて僕は彼女から目を離しつつも、何故かちらちらと顔を窺ってしまう。
「よお慧!相変わらずボケっとしてんなー……」
「どこがだよ。いつだって元気溌剌さ」
酒井が渋い顔をしたのを見逃さない。
「どうだっていいよそんなの」
なんて弾力だろうか。彼の心は全てを弾き返すのか。
「そんなことより!七海さん!自由行動のとき俺と一緒に行動しよう!」
このナンパ男は本当にナンパ症だと思う。
この前酒井と智樹と原西と共に駅へ食事に行った時も彼は他校の女子に絡んでいた。
たまたま見かけた僕らだったが、何も見ていないことにしたのだ。
「だってさ七海。こいつそこそこ顔は整ってるしアリだと思うぞ」
立花の言う通り顔立ちは整っている。
ただ残念なのが。
「背が低いわ」
一瞬自分の心の声が漏れたのかと焦ったが、語尾に上がる<わ>を付けて話すことなんて無いので違うと解った。
さらに、落とす<わ>なら男女ともに使用するが、このお嬢様風な言い方をするのは他でもない七海さんだけであることから今のセリフは彼女が言ったのだと理解出来た。
他の皆も七海さんの方を向いている。
彼女を見る彼らの目は大きく開かれていた。
何故なら、普段はほとんど男子と喋らない七海さんがこんなにはっきりと人を貶すなんて誰も思っていなかったからだ。
沈黙が続く中、最初に口を開いたのは智樹だった。
「あーあ。七海さんに嫌われたな」
ナンパ症男子は黙ったままだ。
そんなに落ち込んでいるのかと彼の表情を見ると、落ち込むどころか口角を斜めに上げていた。
笑顔とはまた違った顔。
無理矢理言葉にするなら、野心に満ちた顔と言うべきだろう。
彼は僕にも不安と恐怖を植え付けた。
霧がかかったような気持ちのままフライトの時刻を迎え、各々が決められた席に座る。
心配になった僕は七海さんの席を見る。
彼女の隣にはあのナンパ男が座っていた。